twitterであげていたおはなし。3

□春一番
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かれこれ半年以上経つけど勇気がなくて自分から話しかけるなんてできなかった。たまーに目が合うと先輩はわたしに手を振ってくれたりもするけど、ほんの一瞬だけですぐ日向とのおしゃべりに戻ってしまう。

気づいたらとっくに雪が足元を白く深く染める季節を迎えており、来月には卒業式が控えていた。友達と卒業式の話題になっても、1年後には田中先輩の卒業か、なんて思考が大分先走るほど思いは募っていて。このままでいいわけない、と答えはとっくに出ていたのに最後の一歩が踏み出せずにいた。


先輩が日向との会話を終え教室から姿を消した。お昼休みはあと10分くらいある。自分の教室に戻ったんだろうな。その時、なぜかお母さんが昨日の夜口ずさんでた歌を不意に思い出した。何十年も前の曲だけどテレビから流れてたのを聞いたことがある。

もうすぐ春ですね、彼を誘ってみませんか。

デートに誘う…なんていきなり高等すぎて難しい、というかそれ以前の問題だ。まずは色々とお話したい。そもそも自分から話しかけにいくことぐらいできないで何が片想いだ。

よし、やるか。

突然降ってわいた勇気を胸に階段をあがり、自分の教室の真上にある2年1組の教室へ。

上級生の教室は緊張するだろ、なんて気遣ってくれた先輩の優しさは今でも覚えてる。でも怖かろうが緊張しようが、今日こそ自分から行くってさっき決めたから。扉の陰に立つと先輩方の視線がちくちくと全身を刺す。この痛みに耐えてこそ前に進めるはず、と深呼吸をして。

「たっ、田中先輩!!!」

教室中の注目を浴びてしまい死ぬほど恥ずかしい、だけど名前を呼ばれた当の本人も顔を赤らめながらこちらに来るから、わたしと同じように恥ずかしいんだ。先輩ごめんなさい、と心の中で謝り倒した。扉のところまで来た先輩はわたしを廊下の窓際に連れて行くと口を開く。

「お前、急に…どうした?びっくりしたんだけど」
「先輩と話したくて…来ました」
「話?それだったらわざわざ来なくても、さっき俺、そっちの教室行ってたの知ってる…よな?その時に…」
「だって、日向と話してるの邪魔しちゃいけないですから」

先輩はふうっと軽くため息をついて坊主頭をカリカリと掻いた。

「最初に会った時から、変わんねーのな」
「えっ?」
「鈍い、っつーかなんつーか」
「に、にぶ…?」
「俺があんなに頻繁に日向に用事、あると思ってたのか」
「だって同じ部活ですから、あるのかなって…」

先輩の真意がわからず首を傾げると、言いにくそうにもごもごと話す。聞き取るために一歩隣に近づいた。

「日向をダシにしてた、って言ったら感じ悪く思うか?」
「ダシ…って、え?」
「お前に会いに行くのが俺の目的だった、って言ったら…引くか?ってことだ」

先輩がわたしに会いに来てくれていた、というまさかの事実に開いた口が塞がらない。そんなマヌケ面のわたしを見て、ほらやっぱり鈍感だ、とつぶやく先輩。

「何をきっかけに近づけばいいのかわかんないから、とりあえず教室に会いに行けば話せるかなーって思ってたのに…お前目が合っても会釈したり手を振り返すだけで…」

不服だと言わんばかりに口をとがらせてから、恨めしそうにわたしを見つめてくる。なんだか子供みたいで可愛くて、思わず笑ってしまった。

「俺から話しかけろってお前は思ってたかもしんないけど、日向がいる前でお前に直進してったらそれこそ部活でからかわれるネタにされかねないし…なんて考えてたらこんなに時間、経っちまった」

これが俺の思ってたこと。そう言って話を締めた田中先輩の顔はさっきと変わらず赤かったけどすっきりと晴れやかに見えた。さあ、次はわたしが胸の曇りを晴らさなくては。

「で、話があるって何だ?教室にまで来るってことは何か重要なことなんだろうけど」
「それはですね…」


田中先輩、仙台はまだまだ寒いですけど…

もうすぐ春ですね、恋をしてみませんか。
………わたしと。
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