twitterであげていたおはなし。3

□大きな口で召し上がれ
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高い天井に吊された豪奢な照明、真っ白なテーブルクロスの上に次々に運ばれてくる趣向を凝らした料理の数々。聞こえるのは食器とカトラリーの触れ合う音だけ。我が家の食卓はいつもしーんとしている。

小さい頃からテーブルマナーや作法に厳しい家庭だった。ナイフで上手くお肉を切れずきいぎいと音を立てるのも、普通なら「子供だから仕方ないわよね」で済むだろうし、そもそも当時小学校低学年程の娘に完璧なテーブルマナーは求めないものだろう。

うちは、自分で言うのは気が引けるが使用人を何十人も抱えているいわゆる名家だ。厳しい目を向けられてもそれに臆することなくスマートで上品なふるまいができること、それが当然のように求められる。その重圧に押しつぶされているわたしにとって、食事は最も苦痛で面倒な作業だった。一日に三回も人の目にさらされながら飲み食いをする。そして少しでもマナーが守られていないと両親がちらりと教育係に目配せをし、彼らがわたしに正しい作法を改めて叩き込む。怒られながら、ルールを気にしながら口にするものを美味しいなんて思えるはずもなかった。いつも適当にちまちま食べるだけで大半は残す。とりあえずそれでも生きているから大丈夫、なんて思いながら。



わたしは庭の中でも一番高く大きい木にのぼって、太い枝に腰掛けて読書をするのが大好きだ。見つかったら怒られるんだろうけど幸いまだ誰にもバレていない。いつものようによじ登り読みかけの本を開く。数少ない自由時間の楽しみは、こうやって開放感とドキドキがあふれる場所でおはなしの世界にのめりこむこと。

ページをめくり続けていたら急に眩暈がした。やばいと思う間もなく体が傾き宙に浮く。

「ぎゃあ!」

これは大怪我必須、木登り読書も禁止になってしまうだろう…と思っていたのに、体にはいつまでたっても痛みは襲ってこなかった。代わりに地面よりは柔らかいであろう物にぶつかる感触。恐る恐る目を開けてみると白い服が目に入る。

「…間に合った、」

その低い声には聞き覚えがあった。見上げるとそこには艶やかな黒髪の少年。この人は確か…料理人見習いの影山だ。数ヶ月前からうちの調理場で働き始めた彼は噂によるとわたしと同い年なはず。「はず」と表現したのは彼と直接話したことがなかったからである。姿を見かけたり誰かと話してるところに遭遇したことが何度かあったけど、冷たそうとか愛想のいい人ではないな、というのが正直な印象。

わたしをキャッチした彼の傍らには段ボール箱が投げ捨てられており、そこからじゃがいもやにんじんと言った野菜が転がり出していた。大事な食材を放って助けてくれたなんて、と感謝の念が自然と湧く。お礼を言わなくてはと口を開こうとすると、彼が少し呆れた口調で先に話し出した。

「軽っ。そりゃそうか。飯、ちゃんと食ってねえからな…」

わたしを抱きかかえたまま、ため息をつく。

「えっ、何のこと…?」
「お前の皿が調理場に戻ってくる度いつも思ってた。全然食わねえんだなって。好き嫌い多すぎだろ」
「そんな…別に嫌いな食べ物が多いわけじゃないし」
「じゃあ、何だよ」

彼はわたしを地面に下ろしてからジロリと軽く睨んできた。背が高いし目つきが鋭いからちょっと威圧的に感じる。わたしの怯えが顔に出てしまっていたのか、彼は一瞬ハッとした表情を見せた後、睨むのをやめ諭すように静かに話し出した。

「料理人が丹精こめて作ってる食事だ。それに食材になってるものには生があんだよ。自分の命投げうってお前の血や肉になってくれてんだ。そういうの考えたことあるか?」

彼の言うことは一理どころか百理ぐらいあると思った。わたしだって残すのを申し訳ないと思わなかったことはない。でも……

「あなたの言うことはわかる。でも、聞いてほしい」
「…おう、何だ」
「あんなフォークやナイフの種類も多くて、マナーがどうとか言われて、格式ばってる食事なんて疲れる。楽しくないもん、食べるの」

ずっと胸のうちに秘めていたもの。誰にも言えなかったのに彼にはスッと言えてしまったのはなぜなんだろうか。そう思いつつも言葉は止まらなかった。

「食べなくても死なないなら、食べたくない」

言った後、料理を生業としていこうとしている人を目の前にして言うべきではなかったかなとすぐに後悔した。でも彼は怒る様子も悲しそうな顔も一切見せず、片手を腰に、もう片方の手を顎に添え、考え込むポーズ。

「…うーん」
「な、何?」

ドキドキしながら彼の次の言葉を待っていると。

「じゃあ、かしこまってなくてうまいやつならいいんだな?マナーとかそんなん気にしなくていいやつ」
「…多分そう、かな」
「…よし!わかった。そしたら俺についてこい」
「えっ!?」
「確かお前、この後バイオリンのレッスンだろ、4時から」
「そうだけど…」
「昼飯ろくに食べてねーし、夕食までその体で耐えられる訳ない。いいから、来い」

ぶっきらぼうにそう告げると、食材を拾い上げ箱に入れそれを抱えながら調理場へ向かっていった。わたしは黙って彼の後ろをひたひたとついていく。
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