twitterであげていたおはなし。3
□特効薬のプレゼント
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次に意識が戻ったのはお昼過ぎ。朝よりも心なしか体が軽くなったように感じた。でもまだ頭は少しぼーっとしている。ドリンクと一緒に菅原が持ってきた体温計で熱を測ってみると37.2℃。最初に測った時は37.8℃だったから少しだけ下がったけど…まだまだ油断しちゃいけないな。それにしても…
「…おなか、減ったなぁ」
日頃、家族と食卓を囲む食卓ではなかなか食が進まない。でもやっぱり生きてる限り空腹には勝てないのが人間なのだ。きっとこんな体調だし菅原が部屋に運んできてくれるだろう。それなら神経を張りつめて食べる必要もないし…菅原、来ないかなぁ。
コンコンと控えめなノックの後、
「…お嬢様、お食事……す…」
ぼそぼそと消え入りそうな声が聞こえてきた。
「入って大丈夫よ」
ドアに向けて一言投げかけると隙間から見えたのは菅原の色素の薄い髪ではなく、艶のある黒い髪。え、まさか……
「…具合、どうだ」
「とっ!とびお!?何で…?」
調理場にいるはずの飛雄がトレー片手に部屋に入ってきたから、心臓が止まりそうになった。サイドテーブルにトレーを乗せるとわたしの方にくるりと向く。
「熱は下がったか?」
「う、うん…少しだけ」
「まあすぐに平熱にはならねーか。食欲は?お粥作ってきたんだけど食えそうか?」
「おなかすいてたの。食べたいな」
一人用の小さい土鍋を開けると、そこには湯気が立つお粥が。飛雄が脇にあったお茶碗によそってくれた。
「熱いから気をつけろ」
「ありがと」
受け取ってレンゲで口に運ぶと想像以上に熱かったから、思わず
「あっ、つ!」
手を離してしまったけど、お茶碗とレンゲは飛雄がナイスキャッチしたので布団は悲惨なことにならずに済んだ。
「ボ、ボゲェ!気をつけろっつったのに…しかも手離すなよ」
「ごめん、こんな熱いと思わなかったんだもん」
「……ったく。もういい。口、開けろ」
呆れ気味にそう言いながらレンゲですくったおかゆにふーふーと息を吹きかけてから
「…ん。食えよ」
初めておしゃべりした時、カレーを同じように食べさせてもらったっけ。なんだか餌付けされてる雛鳥みたいだ。そう思いながら差し出されたレンゲに口を付けた。
「…おいしいね。シンプルなお粥だから味ないかと思ってたのに」
「少しだけ鰹と昆布のだしを入れてある。これなら無味よりは食べやすいだろ」
「飛雄が作ってくれたんだ…」
「ああ。執事の菅原さんが朝、調理場に来たんだよ。お前が寝込んでるから飲み物用意して欲しいってさ。あと、お粥作るって約束もして…」
「それじゃあ、あのあったかいドリンク…」
「おう。俺が作って渡した」
菅原が言ってたお医者様って飛雄のことだったのか…でもお医者様だなんて嘘を言うなんて。まぁ、わたしがそうでも言わないと飲まないからっていう菅原の策略なのかしらね?さすが、何年もそばにいるだけある。
「そう言えば菅原は?」
「いや、それが…さっき調理場に来てお粥を渡そうとしたら…」
「…したら?」
「他の急用を思い出したから代わりにお前の部屋に持っていってくれ、って」
「えっ」
「まぁ、持ち場は落ち着いてたし…みんなが行ってこいって言うからさ。休憩も兼ねて抜けさせてもらった」
偶然にしては色々ラッキーが重なりすぎてる気もするけど、まぁこんなこともあるのかな。そう思いながら飛雄に食べさせてもらい続け、お粥を一人前きれいに平らげた。
「ちゃんと食えるじゃねーか。よし、薬飲んで寝ろ」
言われるまま薬を飲み、再び布団に潜り込んだ。
「…ねえ、飛雄」
「あ?」
「もう、行っちゃうの?」
なんだろう、熱のせいかな。熱い息と一緒に出たのはどう考えても甘えてるとしか思われない一言。
「…それ、どういう意味だ」
「ひとりでいるの、寂しくて」
「なら菅原さん呼んできてやるよ」
「違う。……飛雄に、いてほしい」
彼はわたしを恨めしそうに軽く睨んだ。その頬はよく見たらほんのちょっと赤い。
「…そうか、熱、全然下がってねえんだもんな」
「…え?」
「だからそんなこと言うんだろ。わかった。寝つくまでそばにいてやるからさっさと寝ろよ」
「違う、よ…?」
「……っ。いいから。早く治すこと考えろ」
布団から出して顔の真横に置いていた手をそっと握ってくれた。飛雄の手はひんやりと冷たくて気持ちいい。調理場以外でこんな風に一緒にいられるなんて夢にも思わなかった。早く元気になってまたおしゃべりしに行けたらいいな……
「…寝たか」
すーすーと軽い寝息が聞こえたし、そろそろ休憩時間も終わりだからと腰掛けていた椅子から立ち上がろうとする。それなのに、さっき勢いで俺が握ってしまった手をこいつは離そうとしない。
「……ん、」
「(起こしちまったか?)」
「と、びお…」
「(起きた…か?)何だ、どうした?」
「すき」
「!?」
「とびお、が、すき…」
「ハァ!?お前何言っ」
ぐーっ、というマヌケないびきに遮られた。んだよ、寝言か…俺のドキドキ返せ。いや、寝言だとしても嬉しいけど。よし、寝てるんなら…いいよな。握った手に少し力をこめてから
「俺もお前のこと、好きだから」
そう伝えるとゆっくり手をほどいてから食器の乗ったトレーを携え部屋を出た。
お嬢様。
レッスンの合間に度々調理場に向かわれて、そこで楽しげに笑っているお姿を拝見しておりました。そしてすぐにわかりましたよ。
あの方は、お嬢様の特別な方なんですね。そして俺の勘が正しければ…同じ、いやそれ以上の想いをあの方からも感じ取れました。
後をつけていってしまったご無礼をどうかお許しください。お詫びと言ってはなんですが、あの方との時間をごゆっくりお過ごしください。誰にも邪魔はさせないよう手筈は整えてあります。きっとどんなお薬よりも効果があるんじゃないかなーと。早く、また元気なお姿を見せてくださいね。
そしてこの菅原、何があってもお嬢様の味方です。ひっそりとお二人のこと、応援させていただきます。