twitterであげていたおはなし。3

□ストロベリー・オン・ザ・フロアー
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金曜の午後に忍び込んだ調理場に漂う空気は、いつもの食欲をそそられるスパイシーな香りとは違ってふんわりと甘い。その正体を確かめるため、わたしは白い背中からそっと前を覗き込む。ちょうど下を向いていたのでばっちりと目が合った飛雄は、大げさなくらいビクッと肩を上下させた。でも、抱えていた大きなボウルと泡立て器はしっかりと離さない。

「ばっ…急に来んな!ボゲがぁ!」
「ねー、何作ってんの?いつものカレーは?」
 
ボウルを銀色に光る調理台に置いたから中を見ると真っ白く角のたった生クリームの海がそこにあった。そして向こうにある大きなオーブンからはまた別の甘く香ばしい香り。ここにあるのが生クリームってことは…あの中にあるのは、もしかして。鼻をすんすんさせて体中に甘い空気を吸い込んでいるわたしを見て、飛雄はふっと小さく息を吐いた。

「ねえ、あれ…ケーキ焼いてる?」
「…おう、そうだ」
「スポンジケーキでしょ、生クリームでしょ、そう来たら…わかった!」
「でけー声出すなってば。ちょっと待ってろ」

飛雄はスタスタと冷蔵庫まで行くとその大きな扉を開いて何やらごそごそ探している。数秒後、その腕に小ぶりで浅めのダンボール箱を抱えながら戻ってきた。箱の中にはセロハンのかけられたパックが並んでいて、その中は鮮やかな赤い粒がきらきらとお行儀よく整列していた。

「わ、いちご…!」
「ショートケーキ、作るんだよ」
「これ…誰が食べるやつ?」
「え?あ…これ、は…練習だ」
「練習?何の?」

飛雄は口をつぐんでうんうんうなっている。なんか説明が難しいのかな…?そういえば、お菓子職人のコンクールがあるって聞いたことがある。もしかしたら飛雄はそれに出るのかもしれない。食事を作る料理人見習いがお菓子の大会に出るっていうのもなんだか不思議な話だけど。

「まぁなんでもいっか。頑張ってね」

よくわからないけど応援の言葉をかけると、飛雄は唇をきゅっとさせてから、「おう」とつぶやいた。そしてセロハンをめくっていちごをザルに取ると流しに持っていく。…よし、ダメ元で言ってみよう。わたしはスリッパをパタパタさせながら、流しに立っている飛雄の隣に立った。

「ねえ」
「…んだよ」
「わたしにも、お手伝いさせて?」
「はぁっ?」
「洗って、ヘタをとればいいんでしょ?わたしだってそれくらいできるから」
「んぬん…」

飛雄は渋い顔をしていたけれど、わたしの熱視線に負けたのか水道の蛇口を閉めて一歩横にずれた。わたしは腕まくりをして、冷水を張ったボウルに浸かっているザルの中からいちごを手に取る。ぷちぷちとヘタを取っていく単純作業だけど、普段料理をしないわたしには新しいゲームのように新鮮だった。何より、飛雄のお手伝いができるっていうことが嬉しくて。
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