twitterであげていたおはなし。3

□ストロベリー・オン・ザ・フロアー
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…何でこうなった。

目の前には鼻歌を口ずさみながらリズミカルにいちごのヘタを取っているあいつ。手伝いたいと言われたのが嫌だったワケじゃねえ。共同作業、っていうのはまぁ、悪くねーし。でも…俺が今から作ろうとしているケーキは、最終的に目の前のこいつを驚かせようと思っていたものだから。これじゃサプライズになんねぇよ。俺の中のもうひとりの俺が頭を抱える。


「あの、菅原さん」

それは一昨日のこと。廊下を背筋を伸ばして歩く執事の菅原さんを見かけて俺はさっと駆け寄った。相変わらず所作も身なりも優雅で紳士だなぁと思う。うっすら汚れているコックコートの俺とは対照的だ。

「…?どうされましたか?」
「ひとつ、教えてもらってもいいすか」
「俺でわかることなら」

分かるに決まっている。俺よりもずっと長くあいつのそばにいるあなたなんだから。

「その…あの、お嬢様の好物って…ナンデスカ」

菅原さんはきれいなアーモンド型の目を何度か大きく瞬かせた。あいつが食事をよく残すのはマナーが厳しくてうんざりするから。でもそんな様子だと好き嫌いも激しいのかもしれないと思ったから、この人に力を貸して欲しかったんだ。菅原さんは右斜め上を見ながら腕組みをしていたが、あっと短く声を上げてからにっこりと穏やかな笑顔を俺に向ける。

「そうですね、よく食べたいと仰っているのは甘いもの…あと果物もお好きですね。いちごが特にお好きなようです」

甘いもの、そしていちご、といったら…いちごのショートケーキはどうだろう。俺はパティシエではないから洋菓子の知識はそこまで豊富ではないけれど、一通りの料理は作れる。これなら喜ばすことができるんじゃねーかな。よし、まずはスポンジをきれいに焼く練習と、デコレーションの練習だ。

「あざす!!!」

頭をグワッと下げ礼を言うと、菅原さんは手袋をはめた手で口元を押さえながらクスクスと笑いをこぼしていた。…俺、何か変なこと言ったか?頭を掻きながら菅原さんの笑いが収まるのをまった。菅原さんは「ごめんなさい」と言いながら呼吸を整えたかと思うととんでもないことを言い出した。

「お嬢様は、あなたが作るものなら何でも喜んで召し上がると思いますよ」
「っ、えっ…!?」
「愛情がこもっているものが一番のご馳走ですから」
「あっ、あい…!?」
「ご健闘を、お祈り申し上げます」

俺に言い訳の隙を与える前に会釈をして颯爽と去っていく菅原さん。俺はその背中をぽかんと見送ることしかできなかった。何でか知らねーけど、あの人には全てを見透かされてるような気がした。だからきっと、俺があいつに何か作ろうとしてんのも、その奥にある俺の気持ちも多分…バレてる。かっと顔が熱くなったのが自分でもわかるぐらいだ、きっと周りから見たらひどい顔色になっているに違いない。少し遠回りをして屋敷を歩いて顔を冷やすか。


***

「…そろそろ、か」

少しガタのある古びた丸椅子に腰掛けていた飛雄が立ち上がり、その大きな手を更に大きなミトンで包んでからオーブンを開けに行く。一気に調理場に広がる甘く芳醇な香りは成功のしるしだ。天板に乗ってこちらにやって来たスポンジケーキは艶のあるたまご色をしていて、触らなくてもふわふわと空気をたっぷり含んでいるのが見ただけでわかる。

「おいしそう…!」
「まぁまぁ、ってとこか。取りあえず冷めるまで待つぞ」

型から外して網の上にスポンジを乗せた飛雄はミトンを外し、また椅子にどっかりと腰掛ける。腕を組んでスポンジをじーっと見つめているその横顔を観察すると、新たな発見があって飽きない。

結構まつげ、長いんだなぁ。
鼻筋もすっと通っていて。
あ、うっすら喉仏が出てる。

目つきは悪いし口ぶりも少し粗雑だけど、こうやって見るとやっぱり飛雄はかっこいいなぁと思う。それに更に魅力を加えているのはこのコックコートだろう。職人って感じがするし、真っ白じゃなくて少し汚れているのが今まで頑張ってきた証拠。これ以外の格好を見たことはないけれど、きっと一番彼に似合うのはこの服なんじゃないかな。

「…っ、何見てんだ」

視線に気づいた飛雄がばっと顔をそらす。背を向けられてしまったのでこちらからは耳のふちしか見えないのだけど、それでもはっきりとわかるくらい赤くなっていた。なんか、前よりもふたりでいる時に目を合わせてくれなくなったような気がする。話してはくれるけどなんか距離を微妙に感じるというか。わたしは気になったらとことん突き詰めないと気がすまない性質だから、直球に質問を投げた。

「飛雄さぁ、わたしがこうやって来るの邪魔なの?」
「!?」
「誰かに見つかって怒られちゃった?」
「いや、そんなことはねーけど…」

体がまだ向こうを向いたままのせいか、どんなに否定されても素直に信じられない。やっぱり目を見て話すのが一番伝わるし信じられるから。わたしは椅子を立って飛雄の目の前にずいっと立った。目が合った飛雄はごにょごにょと口の中で何やら言いながら、またすいーっと目を逸らす。言ってる内容が全然わからないので無視して話し続けた。

「なんか寂しいよ」
「えっ…」
「前はもっと笑ったりしてくれたのに、最近…話しかけても目を合わせてくれないし」
「そ、それはだな…」
「飛雄はわたしのこと嫌いかもしれないけどさ、わたしは飛雄がすきなのになーって…」
「…ハァッ!?お、まえ…何言ってんだ…?正気か…?」

すきだからすき、と正直に言ったまでだ。それを正気か?なんて失礼すぎる。両親や屋敷のみんなのことは大好き。でも飛雄に対してはそれとは違う種類のすきだってことは自分でもちゃんとわかってて言ってるのに。

「本当だよ、すきだもん」

言い返すと飛雄は頭をガシガシ掻きながら、ふうと大きなため息をひとつついた。突然の告白で驚いたんだろうなとは思ったけど、いい返事がもらえるかもなんてはなっから思っていない。伝えることができればそれでいい。わたしは気持ちを切り替えるためにわざと明るい声を出した。

「ね、そろそろ冷めたんじゃない?デコレーションしようよ!」
「ん、ああ……」

細い声しか出さない飛雄はのろのろと椅子を立って調理台に向かう。スポンジにクリームを塗るのは、多分わたしがやるとひどい惨事になるだろう。それに飛雄は大会に出る(とわたしは思っている)んだし、わたしがやったら意味ないもんね。スポンジを横半分に切ってからパレットナイフを手に取り、さっき泡立ていた生クリームをすくって塗りたくっていく様子を隣でぼんやり眺めていた。
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