twitterであげていたおはなし。3

□Truth about Cats & Dogs
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3年になって新しく赴任してきた英語の夜久先生。歳は25歳、背は小柄で顔は童顔だから男子生徒に混じっても違和感はない。やっくんとか、下の名前の「モリスケ」からとってモリ先生とか呼ばれていてみんなに慕われている。

わたしは、夜久先生が嫌いだった。

英語は一番好きだし得意だから、力の入れ方が他の教科とは違う。訳しておけと言われたページより大分先の箇所まで事前に訳しておくぐらいには。それに授業中に与えられた課題は早々に終わらせるし、当てられれば答えられるよういつでも準備してある。でも、先生の視線は常に英語に苦戦する生徒に向けられていて。

よくできたな、正解。
前後の文の意味を汲んで、ちゃんと意訳できてるな。いいぞ、その調子。

そう言った褒め言葉の類はわたしには一切無縁だった。他の子と同じように…いや、むしろそれ以上に頑張ってるつもりなのに。努力をしてもそれは空回りみたいで、認めてもらえないフラストレーションがどんどん溜まった結果、夜久先生嫌い、と脳が判断したのだ。


委員会や係を決める学級会議の結果、わたしは運悪く英語の教科係になってしまった。午後イチで英語の授業がある昼休み、最悪だと思いながら職員室に足を運ぶ。

「夜久先生、何かあります?」

デスクに座って野菜ジュースを飲んでいた先生に機械的に言葉を投げかける。紙パックから伸びたストローをくわえたまま、食べかけの弁当箱をしまい始める先生。デスクの上はきっちり整頓されていて、お弁当はチラリと見た感じでは手作りと思われる。女子力たっか。まぁ、彼女かなんかが作ったのかもしれないけど。どうでもいいか、 なんて思いながらも先生の指に光るものがないかちゃっかりチェックしてしまった。 左手の薬指には何の飾りもついていない。

「おお、お前が担当になったのか。よろしくな」

わたしの気も知らない先生はにっこり笑顔を見せる。そしてデスクの端に揃えて積み上げられていたノートの山を指さした。

「先週預かってたノート、みんなに返さなきゃいけないんだった。これ、頼めるか?」

40冊近いノートとなるとかなりの重量だ。
これをうら若き乙女一人に任せるというのか。なかなかの鬼畜教師じゃないの…と闘志を燃やした。できません、なんて言いたくなかったから。

「わかりました。持ってきます」
「ああ、ちょっと待った」

ジュースの最後の一口を飲み干したらしい先生はパックをつぶしてゴミ箱に放る。そして椅子から立ち上がると

「俺と半分ずつな」

そう言って教科書や筆記用具といった授業用具を手にした。女子高生と成人男子が半分こ、ねえ… なんて内心バカにしていたら、突然授業用具を渡される。

「お前は、これ持って」

先生は40冊の山を抱えてスタスタと職員室の入口に向かって歩いていった。慌てて後を追う。

「あの、これじゃ半分こじゃないですよね」
「俺のことナメてるな?これぐらい持てるよ」
「ならいいですけど」
「おい、ちょっとだけ持ちましょうかとか言わないのかよ」
「言いません。だってこれぐらいなら持てるってたった今言いましたし」
「そっか。ま、はなっからお前に持たせるつもり、ないけどな」

カッコつけてんのかなんだか知らないけど、そんなの聞いても『キャー夜久先生ジェントルマーン♡』なんてならないし。苦手な相手と歩く廊下は気分が重苦しくて早く教室につかないかと思うばかり。そんな苛立つ耳に軽音楽部らしき演奏がうっすら聞こえてきた。昼休みに空き教室でよくやってるんだよね。隣の先生はそれに合わせてゴキゲンな様子で鼻歌を歌っている。

「俺、音楽好きでさ」

…だったら音楽教師になればよかったのに。
あなたがよりによって英語の先生だから。わたしには見向きもせず授業をしては職員室に帰っていくから。違う教科の先生だったら、先生のことをこんなふうに嫌いだなんて思わなかったかもしれない。
…って、何考えてるんだ自分。


後日、授業の後先生を呼び止めた。先ほど返却されたテストの採点について交渉するためだ。苦手な相手と対峙するのはキツかったけど点を上げてもらえ可能性があるなら我慢も厭わない。クラスメイトは次の授業のために少しずつ移動を始め、教室はわたしと先生の二人きりになった。

「ここに関してはマイナス2点。順当な点数だろ? 」
「まあ、満点にならないのは承知ですけど…」
「指示語のitがないと意味が通じないし」
「…」
「ということで点数はこのまま」

やはり無駄なあがきだったか、と答案をしまおうとすると

「お前らしくないよな。こんなケアレスミスしないと思うんだけど」

わたしらしい…?そう言われるほど授業中にやりとりをした記憶はない。わたしのこと、知らないくせに。どんな思いで授業を受けているかも、先生をどう思っているかも。なんて内心イライラしていたのだけど、次の先生の言葉に驚きを隠せなかった。

「次はきっと大丈夫。お前課題もきちんとやってるし、いつもすげー先まで予習して訳してあるだろ?今回のはたまたまだよな」
「えっ…」
「何だよ、その顔。驚くことか?」
「…いえ、何でもないです」

てっきり指定された範囲しかチェックされないと思ってたから、その先まで進めてたという自己満足がまさか先生の目にとまっていたなんて…露にも思わなかったのだ。

「次は、ミスのないよう気をつけます」

努めて淡々と返すと先生は満面の笑みを返してくれた。

「おー。十分できてるんだからな。次は満点取れると思うよ」
「満点とったら…褒めてくれますか」

寄せつけないよう心の中にいっぱい生やしてたトゲトゲが嘘みたいに抜け落ちて、素直な気持ちがこぼれ出た。

「俺に褒められたくてやるの?」
「いえ、そうじゃないですけど…一番は自分のため、ですけど……すみません、今の何でもな」
「いいよ、めっちゃ褒めてやる」

恥ずかしさから慌てて却下しようとしたら即座に快諾されてしまった。先生は、やる気のある生徒が一人でもいると教師冥利に尽きるな〜なんて笑いながら席を立つ。

もう認めざるをえない。
嫌いは好きの裏返し。
わたしは先生に認めてもらいたくて、心の奥底で焦がれていたんだ、きっと。

恋心を自覚してからは職員室に行くのが楽しみになった。ごく自然に先生と話せて手伝いもできる。授業中は端から見れば熱心に説明を聞く生徒、その実態は…先生を堂々と見つめているだけの女の子。何ヶ月もそんな日々を繰り返した冬、わたしは無事志望校に合格した。特に英語は自分でも二度見してしまうくらい良い得点を叩き出していた。
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