twitterであげていたおはなし。3

□Truth about Cats & Dogs
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ついに迎えた卒業式の日。式や最後のホームルームを終えた後、先生にお礼を言いたくて、前日に焼いたクッキーを携え職員室に向かった。デスクで書き物に勤しんでいた先生に扉の陰から声をかけ、職員室の外に呼び出した。

「卒業、おめでとう」

誰にでもかけている言葉なんだろうけど、それでも今は自分だけに向けられたんだ、って思うとうれしい。そして…卒業という言葉を先生の口から聞いてしまうのは切なくもある。

「先生、今までありがとうございました。お世話になりました」
「まあ、お前には全然手ぇ掛けさせてもらえなかったけどな。やりがいなかったなー」

そう言って笑う先生に胸がぎゅっと締め付けられる。こんな風に顔を合わせて話すのも多分最後。学校に遊びに来ても先生は忙しいかもしれないし、ふたりきりなんて夢のまた夢…かもしれない。

「これ、よかったら…」
「お、手作り?ありがとな。後で食べるよ」

幸か不幸か誰も通らない廊下。あんなにたくさんの生徒や教職員が体育館に一堂に会していたのに、そんなのがまるでなかったかのように静かな空間だ。お礼さえ言えればいい、クッキーを渡せればいい…そう思っていたのに、ここにきて欲が出てしまったわたし。

「あの、先生」
「どうした?」
「ひとつ、言わないといけないことがあって」
「おう、何?」
「わたし…先生のこと嫌いでした」

えっ、と声を上げ丸い目を更に見開いてる。わたしは深くうつむきながら話し始めた。

「先生に構って欲しかったんです、きっと。他の子に親身になって教えたり、褒めたりしてるのを羨ましいなって思ってて。わたしはそうしてもらうことはなかったから…それが悔しくて、それで…先生のことが、嫌いでした」

先生がどんな顔をしてるのかは、怖くて顔は上げられないからわからない。でもちらりと目線を少しだけ上げるとまだ目の前に先生のスリッパが見えたからホッとした。次の言葉はちゃんと顔を見て言わないと。思い切って顔を上げると目をパチパチとさせたまま固まってる先生がいた。

「でも、今は違います。先生のことが大好きです」
「……そうか、ありがとな」

ふっと微笑み、決して大きくはないけれどちゃんと男の人な手でわたしの頭を撫でてくれた。頭に伝わってくる先生の温度が心地いい。

「あの、意味わかってます…?」
「え?」
「先生としてだけじゃなくて、一人の男の人としてってことです。likeじゃなくて、loveですよ」

先生はわたしの言葉を受けてピタッと手を止めたけど、ポンポンと軽く頭を触ってから手を引っ込めた。

「俺は…まだ教師として駆け出しで。生徒と恋愛ってのは無理なんだ、ごめん」
「言われなくてもわかってます、そう言われるかなって予想はしてたんで」
「でもひとつだけ言うから、よーく聞いとけよ?」

先生の目がぐっと真剣になった。強い視線から逃げられない。

「お前はここの制服を着てる限り、俺の生徒だ。そうじゃなくならないと、俺は動けない」
「えっ、あ……はい…?」
「誰かに見られてたら、なんて思うと迂闊に触れないからな。保護者にでも知られてみろ。一発で俺は無職になりかねない」
「ちょっと、待ってください。それって、その、どういう…」

先生の言葉の裏に隠された気持ちに期待している自分が急激に恥ずかしくなった。頬に手を添えてみたらカッと熱い。

「あ、やっぱ、ダメだわ」
「え、何が…」

質問を遮るように伸びた腕がわたしを強く引き寄せる。先生の肩に顔をうずめながら、誰かに見られたら大変だってついさっき言ったくせにどうして…という思いが脳内を駆け巡る。でも、そんな心配を軽く吹っ飛ばし代わりに喜びで満たしてくれる先生の言葉。

「我慢できなかった、ごめん。ずっと前から、できるならこうしたいと思ってたから」
「…同じ気持ち、ってことでいいんですよね?」
「同じにされたくないな。だって俺の片想いだったんだから」
「片想い…?」

今日の夜久先生にはことごとく驚かされる。心臓がいくつあっても足りない。

「予習すげーしっかりやってくるなぁって気になってた。これは今となっては自惚れになるから正直ダサイんだけど…俺のこと好きで、気に入られようと頑張ってんのかなって。そう思ったらなんかお前から目が離せなくなってて」
「ぷっ……」
「笑うなコラ。でも、前にお前、褒めてくれますかって俺に言ったろ?」
「言いましたね」
「あれで本格的にエンジンかかった。嫌われていないなって思ったし、ストイックなこの子を甘やかしてみたいって。卒業したら正式に告白しようと思ってたんだ。なのに先に言われるとかさ…」

先生の抱きしめる腕の強さが増すと同時に、どうか誰もこの瞬間を邪魔しないでと強く願った。

「お前のこと、好きだよ」

最初で最後の制服でのハグ、一生忘れません。先生のせいで押し潰された胸の花、その香りをふわっと纏ったこの制服。クリーニングに出す決意はいつできるんだろう。

…きっとできない。

どうしてくれるんですか、先生。
気づいたらこんなにも好きになっちゃっていたじゃないですか。
責任、ちゃんととってくださいね。
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