twitterであげていたおはなし。3

□ビターな君の甘い罠
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「気づいてますか。先輩が鍵当番の日だけですよ、俺が早く来てるの」
「えっ……」
「その顔。気づいてなかったんですね」
「ご、ごめん…たまにふたりきりになるなとは思ってたんだけど」
「謝らないでください、俺が惨めだから」
「惨め?どうして?」
「…俺だって色々、思うところがあるんです」

軽くため息をついた後、唇をきゅっと噛みしめてから強い口調で話し出す。

「先輩は、俺を強引に付き合わせてるって思ってるかもしれないんですけど、俺だって先輩のこと…ちゃんと想ってます」

こんなセリフを彼の口から聞こうとは昨日までのわたしもついさっきまでのわたしも想像していなかった。ゆらりと近づく顔に思わず目を瞑ったら、唇にやわらかな感触。そう言えばつきあって2ヶ月近く経つのにまだだったな、これが最初のキスか、なんて考えを巡らせてもまだくっついたままの唇。…………いかんせん長すぎやしないか。

とんとんと背中を叩くと名残惜しそうに離れていく顔。ほんの少し紅潮した頬のまま、まっすぐな視線がわたしを射抜く。

「好きじゃなきゃ、こんなとこでこういうことしません」

内鍵もしていない部室、誰かが来たら気まずいことこのうえない。それなのにこんな大胆なことをするなんて、見かけによらず無鉄砲というか…

「ずっと前から、いつしようかなって思ってて。家の方向も違うから一緒に帰れるのはバス停までだし…すごく迷いました」
「そ、そうなんだ…」
「朝練前の部室なら、いけるかなって。それで、先輩の当番の日はいつも早起きしてたんです」
「国見ちゃ…」
「英、って呼びましょう?今は俺ら以外誰もいないから」
「あ、あきら…」
「うん、それでいい」

満足げにふっと微笑んだ後、ミントグリーンのTシャツの胸にわたしを抱き込む。ほんのり漂うせっけんの香りに彼のにおいが混じって、それはとても夢心地な香り。

「先輩つきあう前にすごい押せ押せだったから、リードしてくれるのかなってちょっと期待してたんですけどね。でも何度もふたりきりなのに誘ってくる気配もないから、もう我慢できなくて…」
「いや、確かに猛アタックしたけど別に肉食女子とかじゃないし…男の子とつきあうのも初めてだよ」
「へぇ……」
「あんなに好きってアピールしたのも初めて」
「ふぅん」
「…英、わたしのことバカにしてる?さっきから返事が適当なんだけど」

胸から顔を離し見上げ、少し不機嫌そうな顔をしてみせたらクスクスと笑っている。こっちは大真面目に恋愛経験の無さを露呈してしまったことが恥ずかしくてたまらないのに。

「ごめん、つい…」
「つい、何?言い訳次第では許さない」
「先輩が可愛いからです」
「可愛いってそんな…騙されないからね。褒めれば何でもOKと思われちゃ困る」
「それじゃあ、行動で示せば…信じてもらえるかな」

両頬を大きな手で包み込まれ再び口づけられる。しかも今回は唇の隙間からするっと舌が入ってきてわたしの口内を奔放に動き回って、舌を絡め取る。こんな大人のキスまでかまされたら、わたしは一体どうすればいいんだ、国見英よ。

「んっ、ふ…」
「……っはぁ…」

ようやく唇から解放された後はふたりして呼吸が乱れてた。さっき初チューしたばかりだというのに、次はいきなりディープキスまでするとか…結構な肉食じゃないの。呼吸を整えながら彼が一言。

「もう俺、我慢しないから」

何でかわからないけど、ドキリとさせる言葉に自然と頷いてしまっていた。彼はわたしの頭をわしゃっと撫でてからロッカーの前に戻る。その直後、ガチャリとすぐ横のドアが開く。

「おっはよー!って…国見ちゃん今日早いね?」
「おはようございます。昨日よく寝たんで多分そのせいかと」
「はよ。いい心がけだな、国見。毎日そうなら溝口コーチにどやされることもなくなるかもな」

及川と岩泉が部室に入ってきた。間一髪というところか。数秒前までここで何が行われたか知らない彼らにほてった顔を気づかれないよう、入れ替わりでそっと部室を出た。


「ねえ、マネちゃんとふたりきりだったよね?」
「そうですけど」
「念のための確認だけど……こんなとこで、まさか、してないよね?」
「何をですか」
「その…いかがわしいことを…」
「バカか。国見はてめえと違ってそんぐらいの良識は持ち合わせてるはずだ」
「ちょ、岩ちゃんそれ語弊ある!俺なら部室で押し倒しかねない的な!」
「だってそうだろ。いつも女にヘラヘラしやがって…このクソが」
「それはひがみって言うんだよ!」

いつものようにわーぎゃーやりあう先輩ふたりを尻目に、シューズとタオルを片手にドアまで向かう国見。振り返ってしれっと発した一言に及川と岩泉は一瞬固まった後、顔を見合わせた。

「安心してください。部室では最後までするつもりないんで」

ロールキャベツ男子国見が本領を発揮し始めた日の出来事。
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