twitterであげていたおはなし。3

□運転手茂庭(完結編)
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「…今の、もう一回言ってもらえますか…?」

空耳だと思いたかった。なぜなら目の前で満足げに笑う父の口からたった今、信じられない事実が告げられたから。

「だから、来週の日曜日にお見合いをすることになった、ということだ」
「あの、それは誰が…」
「何を言っているんだ?お前に決まっているだろう」

ダメだ、空耳ではなかった…頭がクラクラしてくる。冷静に、と自分に言い聞かせながら父との会話を続けた。

「まだ学生ですけど…?」
「結婚は卒業後だとしても、今のうちから相手が決まっているに越したことはないだろう」
「そんな…」
「とにかく日曜は終日空けておくように。場所は…半年くらい前に伯母さん達と行ったことあるだろう、あのホテルの料亭だ」

それだけ言うと父はソファからすっくと立ち上がり、秘書とこの後の予定を確認しながらリビングを出て行ってしまった。



重い荷物を背負わされたわたしも、これから学校に行かなくてはならない。しかも生憎の雨模様。ため息をつきながら後部座席に腰を下ろすと、ミラー越しに茂庭と目が合った。

「一段と深いため息ですね、どうされましたか?」
「ちょっとね…」
「俺でよければ聞きますけど…?」

解決策なんてあるはずないし、ましてや恋心を抱いている相手に言い出しづらい話題だ。それでも、と一縷の望みに賭けて茂庭にお見合いの件を話してみた。ドラマの見過ぎかもしれないけど「俺がぶち壊してやりますよ!」なんて………

「それはそれは…意気投合できるといいですね」

期待したわたしがバカだった。茂庭はいつも通り明るく、そしてお見合いに対して憂鬱になっているわたしを励まそうとしてるのか前向きな発言を続ける。

「どんな方が来るんでしょうね」
「さぁ…どうせ取引先のお偉方のドラ息子とかじゃないの」
「はははっ、ドラ息子なんて久しぶりに聞きましたよ」
「笑い事じゃないよ。お見合いなんて言うけど、結局は勝手に決められた婚約者みたいなもんなんだから…」
「そう仰らずに、もしご趣味が合いそうならお友達になればいいと思いますけどね」
「友達うんぬんというか、もう無理やり結婚させられる相手って感じだよ…」

嫌だ。お見合いなんてしたくない。
わたしが好きなのは茂庭だから。
そう言えたらどんなに楽だろう…

「お嬢様がふさぎこんでいらっしゃいますと、みなさんご心配かと…」
「みんな…?」
「旦那様や奥様はもちろん、お友達や使用人も、です」
「…茂庭も?」
「ええ、そうですね。お嬢様には笑っていて欲しいです、どんな時であっても」

茂庭の温かい言葉に胸がとくんと弾む。でも、そんな言葉をもらってもあっさりと気持ちを切り替えるなんてできやしない。せめてもの悪あがきで本音をこぼしてみた。

「ちゃんと就職して、普通に恋愛して結婚して…そういうのがしたかったなぁ」

いつもならすぐに反応をくれる茂庭なのに、数秒の沈黙が訪れた。だんだん重くなっていく空気の中、茂庭がやっと口を開いてくれた。投げかけられたのはドキッとする質問。

「失礼ですが、お嬢様は恋をしたことはありますか?」

まさか茂庭の方からわたしに、恋の話をふってくれるだなんて。今だ、言ってしまおうと心に決めた。心臓がばくばくと急に大きく音を立て始めるけどそんなの構ってられなかった。

「してるよ、恋」
「して…る?た、ではないんですね」
「現在進行形ってこと」
「左様でございますか…」
「でも絶対に、叶わないから…いいんだ」
「そうなんですね…」

雨が窓ガラスに打ち付ける音が激しいお陰で、最後の言葉が震えていたことには恐らく気づかれなかったはず。いつもなら何だかんだ励まして背中を押してくれそうなものなのに、茂庭はそれ以上何も言わなかった。わたしの気持ちを何も知らないから仕方ないとはいえ、好きな人の目の前で恋を放棄する宣言をするのは正直つらい。

あなたの知らないうちにあなたを好きになり、そして同じように知られることもなく終わってしまう。あなたにとっては何も起こらなかったも同然で、この後のあなたの人生はきっとすいすいと進んでいくんだろう。せめて波風のひとつでも立ててやりたかったなぁ、なんて。
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