twitterであげていたおはなし。3

□運転手茂庭(完結編)
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日曜日、いよいよお見合い当日となった。親子3人で予定通りホテルに向かった。運転は父のお抱え運転手である初老の優しそうな人。茂庭の運転ではない車に乗るのはかなり久しぶりだ。父も母も上機嫌で、車中ではわたしひとりだけが口を閉ざし、窓の外ばかりを見ていた。

軽い会食だから、と言われたのでパステルカラーのカーディガンにフレアスカートという学校に行く時と大して変わらないラフな格好。でも父も母もスーツや訪問着といったかっちりとした姿でないのが新鮮で、これがただの親子水入らずのお出かけならいいのに、と思った。親子3人で出かけることだって最近はあまりないのに、今日は何も知らない相手方の家族がいるかと思うと…余計にずんと気持ちが沈む。

料亭に入ると父が名前を告げ、案内係が先頭を切って歩き出した。一番奥にある個室の前に来ると案内係がドアを開ける。料亭だけれども座敷ではなくテーブル席にしたのか、なんて思っているうちに父も母もすいーっと部屋の中に入っていった。
向こうのご家族は椅子の後ろに立ってわたしたちを出迎えてくれている。母の肩越しに見えた向こうのご両親はとても優しそう。仮に偉い人だとしてもあまり威圧感は感じなかったので、よかった…と胸を撫で下ろす。そして父の体で隠れていて見えない、肝心のお相手の顔を見ようと顔をそっと傾けたら……

「え!?何でここに…」

そこにいたのはいつものスーツではなく、ジャケットにパンツスタイルといった普段着の茂庭だった。驚きすぎて開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。父を見上げると「どうした?」とにっこり笑いかけてきた。わたしの脳内は、どうしたどころの騒ぎではないというのに。

「お父様、これって何の…」
「はっはっは、驚いたか?彼こそ、私が前々からお前のパートナーにふさわしいと思っていた人だよ」
「えっ……?茂庭は運転手でしょ…?」
「彼は元々うちの会社で働いていたんだ。仕事熱心で人望も厚く、いい若者だと思ったよ。だからこっそり会社を辞めさせて運転手として雇った」
「…」
「お前と四六時中一緒にいる運転手なら、気兼ねなく話せて仲良くなれるだろうしと思ってな。実際よく会話もしているようだし」

ありえない展開に脳みそがついていかない。最初から父は茂庭をわたしと引き合わせようとするつもりだった、ってことなのか。母はすべてを知っているようでニコニコと笑顔を全く崩さない。多分何も知らないのはわたしだけ、なんだ。

父はわたしの返答を待たずにテーブルを挟んで向こうに立っている茂庭に話しかけた。

「で、だな。単刀直入に聞くが、茂庭くん」
「はい」
「うちの娘は、どうだね」

こんな形で茂庭がわたしをどう思っているかを聞く羽目になるなんて…数分前までは考えられなかったことだ。そして、普通は結婚とかお見合いとかが絡むならば相手の父親に話しかけられるというのはとても緊張するんじゃないのかなと思うのだけど、茂庭は驚く程落ち着いていて自然体だった。わたしと話している時と大差ない。

「とても明るく素直で、素敵な方だと思います。俺にはもったいないなぁと…」
「気に入ってくれたようで何よりだ。嘘はないね?」
「はい、もちろんです」
「そうしたら…お前はどうなんだ?彼が婚約者では不服か?」

そんなわけない。絶対に無理だって思って忘れようと思ってもやっぱり好きで。そんな人が親からお墨付きをもらっていて、わたしに少なからず好感を持ってくれている…夢を見てるみたいだけど、これは夢じゃないんだ…

「……いえ、そんなことありません」
「そうか、ならよかった」

言った後に茂庭の顔をちらっと伺うと目が合い微笑まれた。わたしたちは着席し、運ばれてくる食事をのんびりと楽しみながらお互いの家族のことを話した。1時間半ほど経ち会食が済んだ後、父はまたしてもわたしを驚かせる発言をする。

「私たちはこれで帰るから。お前は茂庭くんの車で帰ってきなさい」
「えっ、だってお父様の車で一緒に…」
「お前の車もホテルに停めてある。せっかくこうやって親公認の仲になったのだから、デートにでも行ってきなさい」

いたずらっこのようにニッコリと笑う父。こんなに機嫌がいいのは珍しい。それに過保護なくせにこうやって置いて帰るなんて、相当茂庭のことを信頼しているってことなんだなぁ。

「夕食の時間の前までにはご自宅に着くようにしますね」
「2人で食事をしてきてもいいんだぞ?日付が変わる前に安全に返してくれさえすれば、時間は気にしなくていいよ」
「そんな…大切なお嬢様ですから、なるべく早めにお返しいたします」
「ははっ、遠慮しなくてもいいのに…でも、君のそういう律儀で誠実なところが私はとても好きなんだよ」
「えっ、あ…ありがとうございます!」

両親たちと料亭を出て、ホテルのロビーで各自の車が配車されるのを待った。やってきたいつもの茂庭の車に乗り込む時に両親の方を振り向くと笑顔で小さく手を振っていて、じんと胸が熱くなった。今すぐお嫁に行くわけではないのに、なぜか嫁ぐ時のような…そんな気分になってしまったのだ。

シートベルトを締めると車が走り出す。一体どこに行くのだろうか…ということよりも茂庭に聞きたいこと・言いたいことがありすぎるのだけど、と話しかけるタイミングを伺っていたら、ホテルを出てからものの数分で茂庭は路肩に車を停めた。エンジンを切ってから茂庭はくるりと顔をこちらに向け一言「すみませんでした」と言った。

「びっくりしたんだけど…何なの、あれ…」
「すみません、旦那様からは固く口止めされていたので…でも、さっきお嬢様、俺が婚約者でも大丈夫って…それはどういうことですか」

茂庭は少し鈍いようだ。一生することがないと思っていた告白をようやくここでできる。深く息を吸い込み、まっすぐに見つめて想いを告げた。

「わたしが今好きなのは…茂庭、あなたなんだよ」
「え!?じゃああの日言ってた…恋してる、っていうのは…」
「茂庭のこと。気づくの遅くない?」
「いえ、旦那様やうちの両親の手前、俺のことを拒絶できないからああ言ったんだろうなぁ、他に想っている方がいらっしゃるのにいいのかなぁと考えておりました」
「そんなこと、ない。わたしはお父様が決めた相手と知らなくてもあなたのことを好きだったから…今日はびっくりしたけど、嬉しいの」

茂庭は、そうですかとそっとつぶやいてから切々と想いを語り始めた。

社長である父に運転手、そしてゆくゆくは自分の娘のパートナーにならないかと言われた時の驚き。(その後、わざわざ二種免許を取りに行ったと教えてくれた)

初めて会った時は不安で仕方なかったこと。

ミラー越しにわたしの様子を見たり、車内で話すのがとても楽しかったこと。

わたしがお見合いを嫌がり、好きな人が他にいると言った時に失恋を覚悟したこと。

茂庭の気持ちをひとつずつ教えてもらうたびに愛しさが募る。口にせずとも同じ気持ちでこの車に乗っていたのだなぁと思うと感慨深い。


そういえばいつもの癖で後部座席に座っていたのだけど…こうなった今はこの場所はふさわしくない。
シートベルトを外しドアを開けると茂庭はわたしが逃げると思ったらしく「ちょっと!」とらしくない声を上げた。わたしは車の前を通り助手席に行き、ドアを開けサッと乗り込んだ。

「あの、前に言いましたよね?助手席は1番危ないって…」
「茂庭の運転なら大丈夫って、信じてるから。晴れてお付き合いできるんだからここにいさせてよ」
「はぁ……お嬢様には敵いませんね」
「ねえ、恋人になったのなら敬語は…やめない?あと、お嬢様って呼び方も」
「すみません。つい癖で…」

彼がわたしに「シートベルト締めて」と横を向いて声をかけた瞬間、思い切って身を乗り出し頬にキスをした。茂庭は、しゅーっという音と湯気が出そうなくらい顔が真っ赤。それを見てケラケラと笑うわたしを見て、しょーがないな、と言わんばかりの表情を見せた後

「そういうことするなら、お返し」

頬に伸びた手から直接伝わる熱。わたしもその手に自分の手を重ねた。手袋をしていない手を見るのも触るのもこれが初めてだ。近づいてくる顔に感じるのは甘い期待しかない。そっと目を閉じてまもなく、唇がそっと塞がれた。

「俺も好きだよ。これからもずっと隣で守らせてほしい」

長い口づけの後にくれた言葉を、あなたはありきたりかなぁなんて苦笑いしていたけれど…どんな言葉だってあなたからもらえるなら宝物になるんだよ。

運転手の茂庭、今までお勤めご苦労さま。そしてさようなら。
これからは特別な人として隣にいてね。
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