twitterであげていたおはなし。3
□EVERYDAY AT THE BUS STOP
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そして今日。
バス停に向かうと彼がいつものように佇んでいた。まるで一枚の絵のようだと思いながらはやる心を抑え隣に並ぶ。文庫本でも読もうかとカバンをごそごそ探っていたらわたしの肩につん、と何かが触れた。まさか、と目を丸くしつつ隣を見上げると無表情のままこちらを見ている彼。
「へっ!?」
「落としたけど、これ」
差し出されたのはカバンの中に適当に突っ込んだであろうリップクリーム。細くて軽いから探っていた拍子にどうやら地面に落としていたらしい。これでさっき肩をつつかれたのか。
「あ、ありがとう…ございます…」
お礼を言って受け取ると彼は正面に向き直ってしまった。今のはお話する絶好のチャンスだったのではないか、と悔やまれる。でも、リップを手に乗せてくれた時に指先が触れた。あの彼に触ってしまったなんて!神様ありがとう。そしてこのリップクリームを!彼が!触ったのだ!…今の脳内を覗かれたらただのヘンタイ認定されかねない。どうか彼がエスパーや超能力者ではありませんように。唇をきゅっと噛みしめてにやけないよう必死だった。
バスが来た。しかし今日はここが始発ではないみたいで既にほとんどの座席の片側が占められていた。目の前の彼が座ったのが最後の空き座席で、わたしは誰かしらの隣にお邪魔しなくてはならない。誰に声を掛けようか迷っていたら、思いがけなく腕を引かれる。その相手は、なんと。
「…後ろ、詰まってるから。早く」
憧れの君の隣に、今…座ってしまっている。
バスの揺れに合わせて時折つん、と触れ合う肩。向こうがガッと足を広げて座っているから、どうしてもくっついたままの太腿。このままでは心臓が持たないから早く学校に着いてくれという気持ちと、ずっと夢心地でいたいから、この際バスジャックでも起きてこの空間を缶詰にしてくれという不謹慎な思いの間にいるわたし。
「…ねえ」
「…!?」
彼から話しかけてきた。頬をつねる……うん、夢じゃない。
「は、はいっ、何でしょう!?」
「挙動不審すぎ。普通にできないの?」
「…ふ、普通?普通とは…」
「……ぶっ、くくっ」
口元を押さえているけど漏れ出た笑いは彼のものだ。
…笑った。今までわたしの脳内に焼きついていた彼は無表情か怪訝そうな顔だけ。たった今新しくアルバムに追加されて、その瞬間に特別な一枚になった笑顔。
「…もうだめ、耐えらんないや」
そう言うと彼は口元を押さえていた手を外し、窓枠に肘を付きながらわたしに話しかけた。
「毎朝、このバス乗ってるよね」
「は、はい…」
「あと、多分最初の頃…俺のこと舐め回すように見てた気がしたけど」
「っ!その節は…スミマセン…」
「言いたいこと、あんの?」
ドーゾ、と言いながらマイクを持つようなジェスチャーをした手をわたしの目の前に持ってくる。かっこいいのに、おちゃめなところもあるなんてずるいなぁ。
「えっとですね、実は……」
「……」
ダメだ、いきなり「一目惚れです」なんて言えない。周りには人もいっぱいいるから必然的に告白を聞かれることになってしまう。こういう時に何て言うのが一番効果的なんだろうと悩みに悩んでいると、目の前のエアギターならぬエアマイクが引っ込められた。
「はい、時間切れ、残念でした」
「……」
「…嘘だよ、何?バスもうすぐ着いちゃうから。はーやーく」
急かされると余計に頭が回らないのは自分がバカだからなんだろうか。何か、何でもいいから返さなくてはと必死の思いで口を突いて出たのは。
「おっ、お友達に、なりたいです……っ!」
告白はまだまだできないけど、お近づきになりたい。君のことをもっと知りたいし、こんなふうに緊張したりせずに普通に笑って話せるようになりたい。
スタートラインに、立たせてください。
学校前の停留所に到着したから、わたしは急いで座席を立ちバスを降りる。続けて降りた彼はバスが走り去った後にそっと一言。
「1年6組、国見英。バレー部。……そっちは?」
「わたしは…」
促されるままクラスと名前を名乗る。これは少女漫画的な展開で言うと「これからよろしくな(ニコッ)」って握手を求められる黄金パターン…?なんていうわたしの淡い期待は
「うん、覚えた」
顔色ひとつ変えない彼にあっさり打ち砕かれた。でも、神様はわたしを見捨ててはいなくて。
「これで名無しのごんべえさんじゃなくなったから。友達…ってことで、いい?」
「……!」
「何、その顔…」
「いいです!もちろんです!…ありがとうございますっっ!」
「…ぷっ。やっぱ面白いやつ」
「えっ、お、おも…?」
「何でもない。じゃあ、また」
背中越しに手をひらひらさせてから体育館方面に向かう姿を、呆然と立ち尽くしながら見送る。今、「また」って言ったよね。この二文字に世界一浮かれてます、わたし。
明日から「おはよう」って言ってみようかな。そしてひとつずつ教えてもらおう、君のことを。