twitterであげていたおはなし。3

□ピュアな彼女になかなか手を出せない黒尾の話。
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そして半年が過ぎた今。

俺の隣には相変わらず彼女がいた。ここまで長続きしたのは初めてで、正直俺も戸惑うぐらいだ。一緒に弁当食ったり部活終わりに帰ったり。休みの日には俺の家に遊びに来たこともあったし、二人で研磨の部屋に押しかけてゲーム大会に興じたこともある。端から見れば何一つ問題のないカップルだろう。

ずっと越えられない一つの壁があることを除いては。

彼女の混じりけのない笑顔を隣で見ているうちに色々気づかされた。今までは相性をはかるために触れ合いに及んでいたような気がする。でも、そういうこと抜きでも彼女からはひしひしと俺のことを想う気持ちが伝わってきて。

…だとしても、キスまで半年以上もかかるなんて想定外だ。

触れたくても躊躇してしまう自分に驚いた。好きだから言えないとか近づけない、触れられないなんて歌ってる流行りの曲を、んなことあるか、そばにいるなら遠慮するこたないだろとバカにしていたのに今の自分はまさにそんな状態だから笑っちまうよな。しっくりくるただ一人というのは彼女で間違いないと確信しているのに。

彼女とつきあって確実に俺の価値観は変わったと思う。その代わりと言ってはなんだが、触れることにひどく臆病になったというか。無垢な存在に俺が踏み込んではいけない、触れたら壊れてしまうんじゃないかっていう気持ちが胸の奥にずーっとくすぶっている。



俺の部屋で共に勉強に勤しんでいる彼女は俺のそんな気持ちなんてつゆ知らず、教科書と絶賛にらめっこ中だ。

「黒尾くん、ここわかる?もうホント数学無理…」
「どこだ?」

覗き込むことでぐっと近づく距離。ちらりと一瞬だけ盗み見るつもりだった横顔なのに動く唇から目が離せないし、手は伸ばせない。近くて遠い、をまさに体感していた。

「……かなぁと思ったんだけど、公式合ってるよね?何で答え合わないんだろ…って聞いてる?」
「あっ、ああ…悪い、何だっけ?」
「…疲れた?休憩しよっか」

上の空だったのは俺の頭ん中が煩悩まみれだからなんて1ミリも思っていないんだろう。いつもこんな調子で気づいたら自然と彼女のペースに引き込まれてしまっているような…それが心地よいといえば心地よいのだが、男としては悔しい限りだ。

「そうだ、数学以外にも聞きたいことがあって」
「…何だ?」
「あのね、黒尾くん…わたしとつきあってて、楽しい?」

唐突な質問。何か不安にさせるようなことしちまってたかな…思い当たる節はない。他の女と親しくしてるつもりもねーし、隠し事もない。とっかえひっかえのテツロウくんなんて女子に茶化されたこともあったけど、今や胸を張って俺は潔白と言える。

「楽しいけど。何も不満はない。何でそんなこと聞くんだ?」
「…ごめんね、変なこと聞いて」
「もしかして逆なのか。お前、つまんない?」
「ううん、そんなことないよ!でも…」
「…でも?」

頬を紅潮させながら口をパクパクさせている。自己主張の激しくない彼女が自分の本音を言うのはとてもめずらしいことだから、と気長に次の言葉を待つことにした。

「言いづらいことなのかもしんないけど、言わなきゃ俺も直せねーから」
「黒尾くんが直す、なんて、そんな…」
「まあ、待つから。モヤモヤしたままはよくない」
「……」

頷いたまま宙を見つめる彼女。しばらくそのままにしておくのがいいかと判断し、俺は再び問題集を開く。どこまでやったっけ…パラパラページをめくっていたら顔のすぐそばに気配を感じた。もちろん彼女が隣にいるんだが、それよりももっと濃い気配に横を向いた瞬間。

顔から数センチのところに彼女の顔があって、どうした、と尋ねる間もなく頬に唇を寄せられた。

「…っ!?」
「きゅ、急にごめんね?」

今にも泣きだしそうだし真っ赤だ。キスして謝られるなんてどういうことなのか。

「謝ること、ねーよ。つきあってんだから何も問題ないし」
「あの…あのね、」

絞り出してるようだけどそれでも消え入りそうな小さな声に震える肩。その弱々しい姿にもだが、その後の言葉に胸が痛んだ。

「黒尾くんはどうして、キスしてくれないの?」

まさかそんなこと言われるなんて思わなかった。

「つきあったら普通、するんでしょ?でもずーっとそういう雰囲気もないから。わたしに飽きちゃったのかなって…不安で」

彼女のスカートに涙が落ちたのを見て迷わず抱きしめた。腕の中で肩をわずかに上下させて嗚咽をもらす。こんなになるまで気づかなかったのか、俺は…

「飽きてなんかないから」
「…っ、ぐすっ」
「なんかさ、手を出すタイミング失っちまったというか…でも、そういうことなしでもこれだけ一緒にいられるっつーのが初めてだった」
「え…」
「マジで好きになると嫌われたり拒絶されんのが怖くなるんだなって思い知ったよ」
「わたしは!…どんな黒尾くんでも、好き…だし…」

もう痛いほどわかってる。彼女から勇気を出して触れてくれたことが最後に背中を押してくれて、ようやく。

「目、瞑れ」

言われるまま長い睫毛をそっと伏せた彼女の顎に手を添え、唇を重ねた。ああ、こいつはこんなにやわらかかったのかと一種の感動が沸き上がってくる。欲を満たすためじゃなく想いを伝えるための行為なんだなと思った。

「…お前のこと、すげー好きだわ」

ごく自然に口にしたその言葉に笑顔をこらえきれないでいる様子を見て、もう一度顔を近づける。

あれだな、愛情の出し惜しみはするもんじゃないな。
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