twitterであげていたおはなし。3

□恋をして臆病になる岩ちゃんの話。
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コートに立った時は、今まで積み重ねた日々やキツイ練習を思い出せばどんな相手にだって負けねぇよ、って思える。それはもちろん俺ひとりの力ではなく、一緒に戦ってくれる心強い仲間の存在もあるけど。

でも、恋愛となると話は別だ。

及川のジャンプサーブのような強烈な攻めも、渡や花巻がトスを上げるといったような臨機応変さもそこにない。俺はたったひとりで戦わなきゃいけねぇんだ。


彼女とつきあって半年ほどになる。彼氏という贔屓目を除いても周りに愛されてる奴だって思う。でも稀にしょぼんと弱気になったり、急にとろんと甘えてきたりもする。俺は、彼女のどんな顔だって心から愛しい。
こんなの万が一及川にでも話そうもんなら「岩ちゃんが『愛しい』だって!あのバレー馬鹿でゴリラな岩ちゃんが!」なんて茶化されるだろうな。まぁそんなことあったら余裕でブットバスけど。

松川に馴れ初めと近況を聞かれた時、それとなく相談…まではいかねーけど、軽い悩みみたいなことを会話に織り交ぜたことがある。

「俺の一目惚れ。いちかばちか突撃したら、俺のこと知ってるっつってよ…」
「で?」
「つきあってくれって言ったら、いいよって」
「ふーん、その後はどんな感じ?」
「話してくうちに共通点とか出てきたし、順調に仲良くなれてた…とは思う。この前、好きだって言ってくれたし」
「へぇ、じゃあちゃんと振り向いてくれたんじゃん。なんとなくつきあうとかじゃなく正式に両想いってことだよな」
「まぁ、そうだけど…」
「らしくないね?歯切れ悪い」
「んー…不安の方がでかいな」

松川は俺ら4人の中で彼女いる歴が一番長く(とは言っても残りのふたりは現在フリーだが)中学の同級生とまもなく4周年を迎えるらしい。年齢詐称疑惑がいよいよ濃厚になりそうなほど落ち着いているから、何かピンとくることを言ってくれそうな気がしたんだ。

「好きって言われんのは嬉しい。でも好きになってもらえたら今度は嫌われるリスクが生まれるだろ」
「岩泉ってそんなに石橋叩いて渡るタイプだったんだ?意外なんだけど。なんかこうもっと…あっけらかんとしてて豪快かと思ってた」
「…っ、とにかく、俺は手放しで喜べねえんだよ」
「俺は、そこまで考えなくても平気かなって思うんだよね」
「つきあいの長いお前は余裕あるもんな。でも俺、余裕ねえよ」

俺は100%満足していても、彼女が果たしてそうなのか、と聞かれれば正直自信なんてない。

手を繋いで歩くという何気ない、恋人同士なら当たり前の行為ひとつとっても神経がピリピリする。

力の加減できてっかな。

手汗かいてねえか。

歩くスピードは速すぎねえか。

女とつきあうのが、ここまで人を好きになるのが初めてということもあり、俺はひどく臆病になっている。人間、何がきっかけで嫌いになったり離れたりするかなんてわかんねーから。


「はじめさぁ、前から気になってたんだけど」

ドキッとする一言をかけられたのは、昼休みに屋上でメシを食ってた時だった。見事に晴れ渡った青空の下というシチュエーションとは裏腹に、俺の心の空模様は怪しくなっていく。動揺を悟られないよう平常心を装い返事をした。

「おう、どうした?」
「制服のそれ…シャツ、いつも出してるじゃん?」
「ああ、入れてると動きにくいからな」
「わたし、制服着崩すのあんま好きじゃない、かなぁ」

弁当をぱくつきながらの何気ない一言でも俺には大事件で。まさか彼女からこんな指摘を受けるとは思わなかった。生徒指導の先生にも「シャツ入れろー」なんて指摘されることはたまにあったけど、のらりくらりとかわしていた。それに同じことを他のやつに言われたらカチンときたかもしれない。でも…口からは出る言葉は決まっていた。

「わかった、直す」

俺が即答すると彼女は眉根をきゅっと寄せて、あまりすっきりしない表情をしていた。こんな顔を俺は望んでない。焦る俺とは逆に彼女は淡々としていた。

「ああ、ただわたしは好きじゃないなって思っただけの話で…変えろって言ったわけじゃなくて。はじめの好きにしたらいいよ」

好きにしたらいいなんて言われても、その前の『好きじゃない』のインパクトが強すぎる。ダメなんだ、その言葉は何よりも怖くて聞きたくなくて、俺をより小さく萎ませる。

「お前が好みじゃねーっていうなら直す」
「…そう」
「なんか、悪かった」
「別に…謝る話でもないでしょ?ただの一意見だし、なんでそこまで…」

答えは簡単だ。

「お前に、嫌われたくねえんだよ…」

弱気な男は嫌いか。幻滅したか。悪いな、こんなダセーのが彼氏でよ。

女だって、惚れた男の好みの髪型やら服装にしたがるじゃねーか。俺だってお前の隣に並ぶのに、こんな格好はちょっと…なんて思われるのは御免だ。今までそれを黙って我慢させてたって意味で、悪かったって言ったんだけど…それじゃ納得いかねえか?

試合では1点取られても、取り返せばいい、これでチャラな、なんてみんなを引っ張ったり鼓舞したりする。でも、こんなふうに失うことを怯えてしまうのも紛れもなく俺なんだ。そして後者はきっとお前にしか見せない姿。

俺の絞り出すような一言を聞いた彼女はふぅとため息をつく。あぁ、ついに呆れられたか、終わりか、と覚悟を決めた瞬間…両頬にバチリと衝撃が走った。彼女の小さな手が俺の顔を挟み込んでいる。そしてその力は案外強く、頬がじんじんと熱を帯びてきた。
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