金国♀シリーズ

□Vol.9
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セミの合唱を聞きながら汗を流す日々の始まり。気温の上昇と共に激しい運動のせいで体温はぐんぐん上がって体力を奪っていく。それでも体育館に響く声には力が漲っている。次の高みを目指すためにみんな必死なのだ。

そして今日からは夏合宿。練習は普段通り学校の体育館で行うけれど、寝泊りは合宿所。もちろんほとんどの生徒は自宅に帰れる距離なのだけれど、寝食を共にすることでやはりチームは格段のまとまりを見せる、と監督も言っていた。わたしは普段のマネージャーとしての雑務をこなすことに加え、みなさんの食事を作ることとなった。まだ高校1年生で実家でぬくぬくと育っているわたしは料理の経験なんて調理実習くらいしかない。合宿前に慌てて、お母さんに簡単で栄養価の高いメニューの作り方を教わった。誰かのために作る、というのは初めての経験だ。


昨日、一緒に帰っていたら金田一が目をらんらんと輝かせていた。スタミナは少し自信あるんだとは言っていたけど、連日朝から晩まで動き回ってくたくたなはずなのに。

「そんなに合宿楽しみなんだ?」
「おう!みんなで泊まりって修学旅行みてーでワクワクするしな」
「…この前臨海学校でも泊まったけど」
「そうだけど!なんか違うんだよ。やっぱ部活のだからかな〜」

バレーをしている時、バレーのことを話したり考えている時の金田一のまっすぐな目が、わたしはすごく好きだ。…直接は言えないけど。

「…本当に好きなんだね、バレー」
「えっ、ああ、それはもちろんだけど」
「…けど?」
「だって明日の夕飯から何食かは国見が用意してくれるんだろ?それが楽しみでさ。練習頑張れそうだ」
「あれだよ、朝は魚とか目玉焼き焼くぐらいだし…」
「それでも嬉しいんだ。たくさん食うぞ〜」

作るのはあくまでも部員全員に対して。でも、そんな風に言って笑ってくれる金田一に喜んでもらえるように、ということを密かに一番に考えて作りたい。

「夜はカレーとかハンバーグになると思う、多分」
「マジか!おかわりできるかな…でもハンバーグってなると松川さんが強敵だな…」
「そっか、松川さんチーズインハンバーグが好きだって言ってたね。チーズ入りもいいなぁ」
「喜ぶかもしんないけど、それだと他の人が…」
「じゃあ、松川さんの分にだけ入れるとか?」
「…」
「何?急に黙って」
「いや、松川さんには特別対応すんのに、俺には何もないのかな〜って…」
「ぷっ。くくっ…子供…」
「わ、笑うなよ!」

すねて見せたり、真っ赤になってる姿を愛おしいと思ったことは、絶対に内緒。


午後練の途中でわたしは控え部員数人と一緒に、これから数日間分の食糧を買い出しに行った。そしてちょうど合宿所に戻るとレギュラー・ベンチ組の戻りとタイミングが重なった。その中には練習が充実していたのか上機嫌な金田一の顔も。先輩の後ろからわたしに向け右手を控えめに挙げた。買い出しはお米だけでも相当な量なのだけど、幸いにも米袋はトレーニングも兼ねて部員が持ってくれている。わたしは野菜やら牛乳やらが詰まったビニール袋を両手に持っていたので金田一の手には手で応えられず、軽く会釈した。すると集団の一番手前にいた人がサッと前に出てわたしの右手から袋を奪う。…岩泉さんだ。

「ほれ、左のも貸せ」

岩泉さんがぬっともう片方の手を出すけど、わたしは首を横に振った。練習終わりで疲れている人にそこまで頼れないし、手ぶらになったらマネージャーとして仕事をしているとは言えなくなってしまう。この荷物はある意味わたしの存在意義なのだ。この前ふたりで話した時に「一部員として見てる」なんて言っていたのに岩泉さんはわたしを甘やかしすぎてはないか、なんて思った。

「自分で持てます」
「いいから、こういう時は素直に言うこと聞いとけ」
「こっちは自分で運びます」
「…お前、結構頑固なのな。わかったよ」

呆れたようなため息をこぼしながら岩泉さんは、スタスタと冷蔵庫のある食堂に歩いて行った。残りの部員はこれからお風呂にいくためだろう、部屋の方へ進んでいく。岩泉さんの後を追おうとした時、はしと右手を掴まれた。見上げると心なしか焦りの表情を浮かべている金田一。

「俺、それ持ちたい」
「大丈夫だってば」
「い、岩泉さんに先越されちまったから。本当は俺も持つよって言うつもりだったんだ…」

しょぼんとして何だか悔しそうにしている金田一がいたたまれなくて、ここは自分のプライドというか信念というか…そういうのを一旦肩から下ろそうと思った。甘えるって難しいことだけど、金田一のためならこだわりを捨てて少しでも人並みに甘えられる、いい意味の弱さを持ちたい。

「じゃあ、こうする」

わたしは金田一に袋を預け、そこから牛乳パックを3本抜き取って抱えた。全部持ってもらうというのはやっぱりできないから、こういう形なら。

「それ、単純計算で3キロだけど…いいのか?」
「さっきまでこれの倍以上持ってたんですけど。それに3キロも持てない、なんていうお荷物マネにはなりたくない」
「…国見らしいな」

ふふっと笑ってくれた金田一に安堵しながら、とっくに廊下の角を曲がっていなくなった岩泉さんの後を追うようにふたりで歩いた。

みんながお風呂に入って休憩、そしてミーティングルームで反省会や練習試合の録画鑑賞をしている間にわたしは何十人分もの食事をひとりで用意した。炊きすぎたかもしれないと思っていたお米はむしろ足りなくなるぐらいの勢いで減っていき、みんな箸をすいすい進めてくれている。金田一がごはんを2回もおかわりしてくれたことが、今日一番嬉しかったことだった。
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