金国♀シリーズ

□Vol.10
1ページ/4ページ


翌日になっても、その次の日になっても…金田一とは一言も交わさなかった。練習にミーティングに食事のおかわり、廊下ですれ違う、など顔は嫌でも会わせている。わたしが金田一を見ていると何度も目が合うから、お互いに意識していることは間違いない。でも、初日のように向こうが手を挙げたりなんてことはもちろん起こらなく、むしろぶつかった視線はすぐにぷいっと逸らされ、ただただ身の裂かれるような思いだ。金田一にこんな冷たい態度を取られたことは今までなかったから、その度にわたしは元々大きくない声が更に小さくなり、表情筋もあまり動かなくなった。周りは、わたしが入部したてで合宿という一大イベントを迎え、気の張りが原因で疲れているからだと思っているよう。

「休憩ちゃんととってる?」
「無理せずに俺らにも仕事振っていいからね」
「…いえ、平気です」

そんなやりとりを繰り返していると本当に疲れてしまいそうだったけど、いつもなら隙を見て駆け寄ってくる金田一という存在がいない今は、そうやって声をかけてもらえるのさえとてもありがたかった。心にざっくりできた傷口には無理やりにでもガーゼを押し付けていないと、痛みや悲しみが垂れ流されるだけだから。

合宿最終日を明日に控えた夜、わたしはお風呂上がりに喉が渇いたので自販機コーナーに向かった。長椅子に腰掛けて首にかけたタオルでわしゃっと軽く髪を拭きながら、そう言えば…金田一とも臨海学校の時に自販機のところでばったり会ったなぁと思い返す。あの頃は芽生えた恋心をうまくコントロールできず、会話は何とかできたけれど肝心の想いを伝えることはできなくて。それなのに数ヶ月も経たないうちにわたしの隣には金田一がいてくれるようになった。いつもたくさん話しかけたり笑いかけてくれる人がいるという安心感に、ちょっとずつだけど歩み寄っていきたいと思えるようになってきていた。

それなのに今、隣には誰もいない。

さっき食堂で見た、わたしが作った夕飯を仲間と楽しげに食べてくれている金田一の姿がふっと脳内をよぎる。おかわりを要求された時もただ黙って茶碗を突き出され、盛って返すと「ども」と小さくつぶやいて足早に席に戻っていくという、初日が嘘のようになんともあっさりとした数秒間。泣きそうになるから近くにいたくないと思いつつも、金田一からそばに寄ってきてくれたらいいのにと思うワガママ。わたしは一体、どうしたいんだろう。

「おい、髪濡れたままだと風邪引くぞ」

聞き覚えのある声にハッとして振り向くと、首にかけたタオルで頭をガシガシと拭きながら岩泉さんが立っていた。どうやらわたしと同じくお風呂上がりのよう。返事をせず顔を逸らしたわたしは再び深くうつむく。すると隣にどっかりという衝撃が。岩泉さんが腰を下ろしたようだ。

「どうした?湯あたりしたのか?具合、わりーのか…?」
「…」
「黙ってちゃわかんねーだろうが」
「…」
「あー、くそ、何だよ…チッ」

何気なくしたかもしれない舌打ち。でもわたしにはそれが響くように大きく聞こえて。金田一が離れていってしまった次は、信頼していた岩泉さん。こんなふうに次々と誰かに愛想をつかされるのはもう嫌だ。こんな自分なんて、大嫌い。

「……うっ、」

ついに声が漏れ、同時に目からぼたぼたと涙がこぼれ落ちた。日頃滅多に泣くことがないから、いけない、と思っても一度出たものはなかなか止められなくて、わたしは声を必死に殺しながらハーフパンツの太腿に濃い染みを作る。鼻水をすすり嗚咽を押さえつけ泣き続けるわたしに、少し焦り気味な声で岩泉さんが弁解を始めた。

「おっ、おい、待て!お前をくそだとか言ったんじゃねえからな?どうしたらいいかわかんなくて、自分がくそだと思っただけだ。だから、その、とりあえず泣き止め。そんで、話せることなら話してみろって。俺じゃ力不足だってんなら仕方ねえけど…」

拒絶され悲しみに打ちひしがれていた時に受け止めてくれる人が、いた。甘えるのも自分のことを話すのも苦手なのに、この人になら話してみたい、そう思った。金田一と揉めた原因とも言える人(とても失礼なのは百も承知だ。岩泉さん、ごめんなさい)に話していいのかな、という葛藤。でも、誰にも話せなくてひとりで抱え込んで心がボロボロになりそうだったわたしは意を決して口を開くのだった。

「岩泉さん。…聞いてくれますか」
「おう」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ