twitterであげていたおはなし。

□来ないなら、こっちから
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あ、ルーズリーフなくなってる。
財布を片手に向かう夜9時のコンビニ。

この片田舎では、コンビニといえども夜9時過ぎではほとんど人はいない。
だからこそ、雑誌コーナーで立ち読みしている黒い人影に自然と目がいった。
ぴかぴかのスポーツバッグを肩に掛け、学ランを着てたたずむその手には『月刊バリボー』
部活帰りの少年か。学ランは…どこの学校だっけ。
と思った瞬間、人影がこちらを向いた。

「あ…先輩。お久しぶりッス」

随分背が伸びた中学時代の後輩は、わたしを悠々と見下ろす。
2年前の記憶よりも大人びて、きりりとした表情。

ちょっと待ってて、と言い残しわたしはその場を離れた。
目当てのルーズリーフと、スポーツドリンクを1本手に取りレジに持っていく。
雑誌コーナーの方に目を向けようとしたら、
既に雑誌をラックに戻し、入口付近に直立不動でわたしを待つ彼の姿があった。

コンビニを出て駐車場の街灯の下に移動する。
久しぶりの再会だし、話でもしようか。
口には出さなくてもその気持ちは同じみたいで、彼もすぐ後をついてきた。
改めて向き合った彼に、さっき買ってきたスポーツドリンクを差し出す。

「バレー、続けてるんだね。これ、部活の時にでも飲んでよ」

あざす、と小さく呟き、ペットボトルを素直に受け取る。
話を聞けば、彼は及川のいる青葉城西ではなく、烏野に進んだという。
饒舌ではないが、聞かれたことに真摯に答える彼は
インターハイに向けて目下練習中だと、部活のことをぽつりぽつりと話してくれた。

頑張っている後をうれしく思ったが、時計を見ると9時半。
そろそろ切り上げようか、と言うと返事の代わりに返ってきたのは想定外の言葉。

「先輩。…ずっと好きでした」

わたしが反応を示す前に、彼は走り去っていった。


2年前まで、わずか1年間だけれどわたしと彼は同じ中学に通っていた。
彼はバレー部、わたしはバスケ部なので直接関わり合いはないのだけれど、
二人を繋ぐ人物がいた。
及川徹という、ちょっと面倒だけど憎めない存在。

及川は小学校からの顔見知りで、わたしにはごく一般的な男友達。
そして彼にとって及川は、部の主将。

同じ体育館で部活をしていた時「サーブ教えてください」という声に振り向くと
目を輝かせて及川に詰め寄る彼がいた。
彼にとって憧憬の的であったのだろう。
あんな、大人気なくあかんべーをして岩泉に引きずられる姿を見たとしても。

ある日の練習後、偶然顔をあわせた及川と話していたら、柱の影からひょこっと顔を出した彼。
熱い視線を及川に向けている。

「…及川、後輩くん見てる」
「トビオちゃん、しつこいよ」
「サーブ、教えてくれるまで帰りません!」

これが彼、影山とのファーストコンタクト。
小学校を卒業して数ヶ月、まだ幼さの色濃く残るこの可愛い後輩を純粋に応援したくなった。

「愛されてるねぇ。いいじゃん、教えてあげれば。ケチなんだから」
「ちょっと、そういうこと言うのズルいよ。2対1じゃ俺が不利じゃん」
「教えてください!」

これがきっかけで、及川がいなくても時々わたしに話しかけてくるようになった。
今日も教えてもらえませんでした、としょげている彼を
諦めずにがんばれ、と励ますのがお決まり。

あれから2年あまりが経ち、さっきわたしの目の前で好意を告げていった彼は
愛らしい後輩ではなく、「男」になっていた。
その事実に、しっかりとドキドキしている自分。


告白から2週間、彼からは音沙汰なし。
連絡先を知らないから当然かもしれないけど、
本気を出せば人づてに連絡を取ることだって十分可能なのに。

好きの一言だけぶつけて姿をくらました彼に、軽い苛立ちさえ感じる。

またばったり会わないかな、なんて思いながら今日もコンビニに足が向く。
でも、いないし、来ない。
何も買わずにコンビニを出る毎日が続く。
最近では店員に顔を覚えられてしまい、「最近よく来ますね」なんて言われるという恥ずかしい思いだってした。

会いたく、なってたんだ。いつのまにか。


1ヶ月後、ついにその日は訪れた。

いつも行く時間より少し早い夜8時、兄に甘いもん買ってきてと言われ向かったコンビニ。
雑誌コーナーにいる人に目をやると、心臓がどくりと跳ねた。
店内に足を踏み入れると、兄の所望していたデザートコーナーには目もくれず、人影に一目散に詰め寄る。
黒いジャージに身を包んだ彼は、ぎくりとした表情。

「…言いたいこと、わかるかな。ちょっと来て」

わたしのキツめの口調に、観念したといった感じでのろのろとついてくる。
あの日と同じ、駐車場の街灯の下。
俯いた彼の黒髪は照らされ、丸い光の輪を映し出す。

「告白しといて帰っちゃうのは、さ。どうしてかな」

さっきキツくなってしまった分、今度は丁寧に尋ねてみた。

「気になっちゃうじゃん」

尋ねたつもりなのに、自然と口をつくのは自分の気持ち。
彼はそんなわたしを黙って見つめ、口はきゅっと結んだまま。

「ここに来たら会えるかな、って思ってたのに…会えないから」

ついにコンビニ通いまで暴露してしまった。
もう先輩の余裕なんて、はなっからない。
そんな風に過ごしてるうちに、頭の中、影山でいっぱいになっちゃったんだよ。

「そっちが来ないなら、わたしから言う」

高らかに宣言したくせに、次に出たのは少しだけ曖昧に濁した言葉。

「影山のこと、すごく意識してる。もしかしたら…好きなのかもしれない」

固く結んだ彼の口がようやく開いたと思ったら、ちょっと怒り気味にもとれる
静かな低い声があたりに響いた。

「…かも、って何なんですか」

その迫力に押され何も言えないでいると、いきなり抱きしめてきた。
ぎゅうぎゅうと力強く、まるでオモチャを取られないように必死な子供のように。

「かも、なんて言わせたくないです。…好きにさせてみせます」

同じ目線で笑いあっていた過去が嘘みたいに、やわらかなジャージ越しに固い胸板に閉じ込められた今。
一気に高揚が押し寄せてきた。
なんかすごくグッとくる展開じゃないか、と思っていたらムードを遠慮なくぶち壊される。

「及川さんとは、何もないんですよね?」

…なぜ今、そいつの名前が出るのか。

「俺、先輩が及川さんと仲いいから、もしかしたら好きなのかなって思ってました」
「いやいや、それはないよ。本当に、ただの友達だし」

そう答えると、絡みついた腕の力が少し抜けたのがわかった。

「俺、及川さんすげえ人だって思ってます。
ベストセッター賞獲るような人ですから。
今でも、絶対に負けたくないです。
でも、ベストセッター賞よりも羨ましかったのは…」

体を離し、わたしの目を見る。
及川に教えを乞うあの時の真剣な顔が、頭の中に蘇ってきた。
目の前にあるのはそれに少し、嫉妬の色を滲ませた顔。

「先輩と、楽しそうに話してたことです」

及川に追いついて、追い越したくてバレーを必死にやっていた。
その想いが強くなるほど、周りとの意識や技術の差に落胆し、
チームメイトに激昂したこともあったと彼は話した。

そしてこの春、烏野に入ったことで自分に足りなかったものを見つけられた、
「チームで」戦うことの大切さを、新しい仲間が教えてくれた、と語る姿。
わたしの知らない2年間で、苦さを味わい、それを乗り越えてきたんだね。

「及川さんがあの頃手に入れられなかった全国への切符、俺が必ず掴みます。
もちろん、今の及川さんを倒して」

そう言い切った彼はお世辞じゃなく、史上最高にかっこいいと思った。

「練習もあるので、あんまり会えませんが…会いたくなったらまたここに来てください。
俺、毎日来るんで。…先輩には、毎日会いたいし」

口を尖らせながら頬を染めた彼が、わたしの心いっぱいに広がる。
もうわたし、「かも」なんて言っちゃいけないな。

「前にもらったドリンクも、うれしくて、もったいなくて、まだ飲めてません」

そんな可愛いことまで言われたら降参です。

君のことを、好きになりました。

じゃあ、と頭を下げ、真っ黒なジャージが闇に溶けてゆく。
”烏野高校排球部”の文字を誇らしげに背負ったかつての後輩が
大切な人へと変わった夜。

明日会う時に、この単細胞でまっすぐな彼に伝えなくては。
会うのもいいけど、とりあえず連絡先くらい交換しよう、
君が「恋人同士」という関係を望むなら、と。

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