twitterであげていたおはなし。

□にたものどうし
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彼とは学部も違うし、向こうはバレー部の練習もある。
先に帰っているのは必ずわたし。
一言も交わさないまま一日が始まるのも初めてだったけれど
何て言って迎えようかな、ということばかり考えていたから、
あっというまに時間は過ぎた。

授業が全て終わった夕方、またのんびりと歩いて家を目指す。
そうだ、今日はいつも読んでる雑誌の発売日だったっけ。
ふらっとコンビニに立ち寄り、入口のすぐ横にある雑誌コーナーに向かった。
お目当ての雑誌を手にした時にふと目に入った、別の雑誌の見出し。

『注目の新作コンビニスイーツ特集』

漫画みたいに、頭の中の電球に明かりが灯った。
彼は甘いものが好きだから、仲直りに何か買っていこう。
ページをめくると、塩キャラメルプリンという文字が目に飛び込んできた。

塩キャラメルは、彼の大好物。

雑誌を元に戻しスイーツコーナーに足を向けると…あった。
これこそ、ふさわしい一品。
甘い同棲生活に不意に訪れた、昨夜のようなしょっぱい出来事。
まるでわたしたちを象徴するかのような「あまじょっぱい」味方。
ふたつ手にして、意気揚々とレジに向かった。
雑誌と合わせて923円、彼の名字と語呂合わせの金額。
何か縁起がいいかもしれない、なんて浮かれすぎかな。



家の前、ゴソゴソと鞄を探って鍵を見つけた。
でも、鍵穴に差して左に回しても、手応えがない。
おかしいな、と思いつつ、もしかして、と押してみたら開いた。
どうやら彼は、鍵をかけ忘れて学校に行ってしまったようだ。
防犯に関わるし、ケンカの仲直りの時に言わないと。
お風呂の電気と違って、こっちは下手したら泥棒に入られてしまうんだから。
なんて思いながら靴を脱ぎ居室に目を向けると、違和感に気づく。

電気が、ついているのだ。

まさか、留守中に泥棒に入られたのでは、と背中が一気に冷えた。
恐る恐る居室のドアを開けるとそこにいたのは
泥棒でも不審者でもなく、体育座りでこちらを見上げる彼だった。


「おかえり」


初めて言われたかもしれない言葉に震えた。
驚きのあまり、鞄とコンビニの袋は手から離れ床に落ちる。
いるはずないのに、どうしてここに。
口には出していないけれど、表情からわたしの言いたいことは彼に伝わったみたい。

「今日は、部活休みだから」

あぁそうか、今日は水曜日だったっけ。
部活が唯一休みになる曜日だ。
すっかり忘れていた。
でも、いつも自主練したり、仲間とごはんに行くと言って
こんな早く帰ってきた試しはないのに。

「昨日、ごめんな」

思ったよりすんなりと、あっさりと、彼はわたしに頭を下げた。

「ちょっと、部活で調子悪くて、むしゃくしゃしてた」

表情はあまり動かないけれど、軽く噛み締めた唇。
熱血、というタイプではないけれど、中学から大学までバレー部に入るくらいだから
相当大好きであろうバレーボール。
自分の思うように動けなくて、葛藤していたんだろうな。

「わたしも、ごめんね」
「お前は何も悪くないし。風呂の電気消し忘れたのも、俺が悪い」

だんだん、いつもの二人に戻っていくのがわかった。
気になったから、昨夜のことを聞いてみる。

「昨日、わたし床で寝てたと思うんだけど」
「ああ、それな。もしかしたら布団に普通に入ってきてくれるかな、なんて
ちょっと期待してたんだけど。
いくら待っても来る気配ないからおかしいなと思ったらさ、床で爆睡してるし」

わたしのマヌケな寝姿を思い出したのか、彼の口の端から笑みがこぼれた。
わざと、だったんだ。
しかもタヌキ寝入りしてたとか。

「もう、床で寝るなよ。体痛くなるし、何も掛けないと風邪引くだろ。
…それに、一緒に住んでるんだから、同じ布団で寝たい」

溶け始めた雪が次々と水に変わるかのように、
ごめんと言った彼の口からは愛情に満ちた言葉が流れ出す。

そうだ。
床に転がるビニール袋の存在を思い出す。
せっかく、彼が素直に話してくれたんだから、わたしも歩み寄ろう。

「これなーんだ?」
「何か買ってきたの?」
「早く見て」

袋を覗き込んだ瞬間、
彼はわたしが想像もしない反応をした。

「げっ…」

好物だと思って買ってきたのに、何なの、その反応は。
新たな火種が心の中に燻り始めた。
と思ったら、彼はスタスタと部屋を出ていきドアを開け、
わたしを手招きする。
訝しげな顔のままついていくと、しゃがみこんで冷蔵庫を開ける。
わたしも同じようにしゃがみこんで覗くと、
そこには、わたしが買ってきたものと全く同じプリンがふたつ並んでいた。

「お前と食べようと思って、買ってきたんだけど」
「…」
「奇遇、だな。やっぱり、気が合うんだな俺ら」

気づいたら彼に飛びついていた。
彼の右手が背中をまわり、
そして、冷気が逃げる、と言いながら左手で冷蔵庫のドアを閉めて、
空いた左手で、わたしの頭を胸元に優しく寄せる。

「もう、八つ当たりしない」
「少しくらいなら、いいよ。そういうの聞けるのも、彼女の特権でしょ」
「…あんまり可愛いこと言うなよ。ここで襲われたいの?」
「キッチンでする趣味はないから遠慮させて」
「仕方ないな。じゃあ早速プリン食べよう、お前の買ってきた方から」
「帰ってきた時落としたから、ぐちゃぐちゃかもね」


顔を見合わせ、一瞬の間の後に笑い合う。
もうケンカをしないとは言い切れない。
というか、絶対避けられないと思う。
それでも約束しよう。
どんな夜でも、お互いの存在を、体温を、感じ合いながら越えていくこと。
ささくれだった心も、ふたりでいればきっと丸くなる。
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