twitterであげていたおはなし。

□GW合宿のお話。
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インターハイ予選を1ヶ月後に控えた5月。
できたてほやほやのチームは目下合宿中。

体育館での練習を一通り終えるとロードワーク。
真っ先に靴を履き替えたのは影山だ。
あんなに激しい練習の後にも関わらず涼しい顔。
印象的な黒髪は、汗をかいていないのではないかと思うくらいさらさらと風に揺れる。
靴紐を結び直している日向を怒鳴りつけ、3年生よりも先に走り出した。

「あいつら、ホント元気だよな」

伸びやかな声に振り向くと、副主将の彼。
いつも穏やかな笑みを浮かべ、部員を温かく包んでくれる存在だ。

「俺、ロードワーク苦手なんだよね。でも負けてらんないな」

そう言うと澤村や東峰と共に、1年生コンビを追っていく。
3人の中では一番小さな背中。
その背中にたくさんの葛藤を背負いながら、いつだって前向き。
わたしはそんな彼を尊敬し陰ながら恋心を抱いている。


合宿3日目。
いよいよ最終日の明日は、東京の音駒高校との試合が控えている。
どんな相手なのか期待に胸を膨らませながら、いつになく練習にも気合いが入る部員達。
それは彼も同じだった。

彼と影山が少し距離をあけ、ボールの詰まったカゴと並ぶ。
スパイク練の始まりだ。
走り込むスパイカーに次々トスを上げる二人。
わたしはボールを拾いながらこっそりと彼を盗み見たけれど
何か今日は様子がおかしい気がした。
ボールをカゴからすくいあげる瞬間、僅かに眉間が寄っている。

もしかして、無理してる?

そう思った時にはもう遅くて。
彼がくたりとその場にしゃがみこんだ。
名前を呼びながら全員が彼の元に駆け寄り、心配そうに見つめている。

「大丈夫、ちょっと立ちくらみ」

そう言ったけれど弱々しい笑みは説得力がまるでない。
烏養コーチが「菅原。明日のこともあるし、先に合宿所に戻って休め」と言うと
わたしは自分でもびっくりするくらいの声を出していた。

「わたしが、連れて行きます!」


合宿所にたどり着くと、真っ先に布団を敷いた。
そして彼をその中に無理矢理押し込む。

「みんな心配しすぎ」
「心配、するよ。スガは大切なメンバーなんだからね」

布団の横に座り込んだわたしに、彼はぽつりぽつりと痛々しいくらい本音を剥き出しにした。

「大切って言っても、きっと明日、俺はベンチだから。影山、スゴイだろ。俺とは比べ物にならないくらい。
あいつは烏野の正セッターだ。でも…俺だって試合に出たい」

唇をぎゅっと噛み締めた彼の口からはまだ言葉が続く。

「頑張らないとな、ってちょっと無理しすぎたのかもしれない。
…お前だから、こんなこと言えるんだぞ?」

何て言葉をかけようか頭の中でぐるぐると考えていたら、布団から左手を出して、わたしの手を握る。
いくつものトスをあげてきたその手は、ほんのりと熱を帯びている。

「ちょっとだけ。俺が寝付くまで、手繋いでてもらえるかな」

無言で頷くと安心した様子で目を閉じた。
そして数分後、気持ちよさそうな寝息が聞こえ始める。
そろそろ、かな。
握られたままの手を静かに外す。

この部屋で唯一意識があるのは、わたしだけ。
スッと息を吸い込み、ごくり。

「おやすみ。…大好きだよ」

言った。言ってしまった。
眠りについているとはいえ、好きな人を目の前にして。
突発的な自分の行為に赤面した。

夕飯の準備をしないと、と立ち上がろうとした瞬間、
手首を襲う、握力。
しっかりと開けた目でわたしを見つめる彼がいた。

「…今の、ちゃんと目を見て、言ってほしいな」

言えるわけないじゃん、恥ずかしい。
不用意に口に出すんじゃなかった。
気まずさを振り払うかのように彼に告げる。

「…おやすみ」

緩められた手首を彼の手から引っこ抜き、そそくさと部屋の出口へ向かう。
ふすまを開けようとした後ろ姿に降ってくる優しい声。


「起きたら、ちゃんと聞かせて。俺も言うから。…おやすみなさい」

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