twitterであげていたおはなし。

□頬を掠めた指先
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1センチの積み重ねが、わたしには遥か遠い。

身長の話ではない。
むしろわたしと彼は、身長差は12センチとごく標準的なカップル。
身長差に悩むようなことは特にない。
少しだけ目線を上にずらせば、破壊力抜群の笑顔が目に入る。

その笑顔の持ち主、わたしの彼氏は実によくできた人間だ。
進学クラスにいるだけあって成績も良く、勢いに乗っている男子バレー部の副主将も務めている。
爽やかで屈託のない笑顔、誰にでも分け隔てなく向けられる優しさ。
隣にいるのが申し訳なくなるくらい、完璧である。

そんな彼と付き合い出してから3ヶ月が経つのだが、
大きな問題が横たわっていた。

キスが、できていないのだ。

時間はある。
いつも部活終わりを待って一緒に帰っているし。
気持ちも、もちろんある。
そりゃあ、大好きですから。

原因が何だと聞かれたら、渋々だけどこう言うしかない。
「彼がそういう素振りを見せないから」

彼は女子の中で「草食系男子」と称されている。
穏やかで、他の男子と違ってがっつかないというか、落ち着き払っているというか。
いやいや、実は結構肉食かもよ、なんて言う子もいたけれど付き合ったわたしだからこそ言える。

菅原孝支は、草食系男子で間違いない。

キスがしたい、なんて自分から言えるわけない。
そんなことを言ったら、ひかれるかもしれないし。
そうなると、男からリードしてくれるだろうという期待を抱くんだけど、
彼は全く手を出してこない。悲しくなるくらいに。

幸せの絶頂にいると周りから思われているわたしの脳内が
キスがしたいという煩悩でいっぱいだなんて、誰が想像するだろうか。


テスト前、ということで今日は彼の部活が休み。
せっかくなので勉強会をすることになった。

「図書室にする?教室がいい?」

どっちでもいい、と彼に判断を任せると第三の選択肢を出してきた。

「お前の部屋っていうのはどうかな」

これまで数回、部屋にあげたことはあるから今更焦るようなことは何もない。
…もちろん、残念ながらその時も何も起こらなかったし。

「孝支が来たいなら、別に構わないよ」

鞄を手に二人で昇降口に向かう。
つきあい始めの頃はこうやって並んで歩けるだけで、胸がいっぱいになっていたのにな。
今のわたしはこれぐらいじゃウキウキできないほど、欲求不満。


部屋にあがって鞄を下ろすと彼はゆっくりと部屋を見渡す。

「前に来た時と同じだ。なんか落ち着く」

こっちの気も知らないでふんわりと微笑んでいる。
混じりけのない彼の笑顔を見ていると、自分の穢れが浮き彫りになるようで苦しい。
飲み物を取りに部屋を出た。

部屋に戻ると、早速教科書と問題集を広げている彼。
ですよね。テスト前、のんびり話すような余裕はない。
わたしも彼に倣い、教科書に視線を落とす。

「あ、ここ。わからないんだけど、お前わかる?」

わたしより成績がいいはずの彼がこんなことを言うなんて珍しい。
どれ?と彼が広げたページを見ようと顔を寄せた時。
不意に彼の顔が迫ってきた。
条件反射でぎゅっと目を瞑る。
手も、気づいたら握り拳になっていた。
でも、唇に期待していた感触は与えられない。
目をそっと開けると、数センチ前で目を開けたままの彼。

この状況が耐えられなくて、自分から顔を退いた。
今、しようとしてたよね、キスを。
何てもったいないことを…心の中で自分をぶん殴った。

「…俺とキスするの、嫌か?」

まさかの問いかけに、開いた口が塞がらない。
今までどれだけ待ったと思ってるの。
そんなこと聞かなくても、ちょっと強引にでもいいから、してくれればいいのに。
ふつふつとこみあげる怒り。

「嫌なわけないでしょ!…してよ」

感情に任せて、最後とんでもないことを言ってしまった。
キスをねだる女というのは、どうしてもいいイメージがない。
ワガママというか、乱れた女がすること、って感じがする。
それを自分が、やってしまった…

恥ずかしさで真っ赤になりながら、ぽろぽろと涙をこぼした。
可愛げのない言い方も去ることながら
これがきっかけで彼が離れていってしまったらと思うともう、泣くしかなかった。

嗚咽が止まらないわたしの顔を、あたたかな両手が包み込む。

「そういうの、言ってくれたらよかったのに。
いつならお前の心の準備できるのかな、って
様子伺ってたら3ヶ月も経っちゃったんだけど」

苦笑いの彼の指が、頬に伝う涙を掠め取った。

「大切だから、無理矢理はしたくなかったんだ。キスも…その先も」

がっついていた自分が恥ずかしい。
こんなにも彼の手の中で、大事に大事に囲ってもらっていたのに。

愛情深い言葉の余韻に浸っていたら、後頭部に手を回された。
目を閉じた直後、触れ合った唇。
遠かったはずの最後の1センチを、彼は軽々と越えてくれた。

「もっと長いの、して」

顔が離れた後に、ごく自然に口にしていた。
言ってくれたらよかったのに、と言われたのを鵜呑みにするにしても
自分でも驚くほど積極的だ。

「そんなこと言って煽るなよ。
…止まらなくなりそうだから、部屋はやめるべきだったかな」

そんなことないよ、と言いながら背中に回した腕に力を込めた。


訂正します。
菅原孝支は、至って健全な男でした。

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