twitterであげていたおはなし。

□綺麗に咲いた向日葵
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※失恋要素あり


うっとおしい梅雨があけたある日、俺の元に届いた一通の手紙。
いつもポストの中にあるものといえば、
絶対に手の届かないような新築高層マンションのチラシや
電気使用量のお知らせ程度。

封筒の左端にきらりと輝くのは、慶事用切手。
結婚式の招待状だとすぐに悟った。

烏野バレー部の誰かだろうか。
それとも、大学時代のゼミの奴らか。
封筒を裏返し確認した差出人には、
長らく目にしておらず、また口にすることもなかった彼女の名前があった。


俺と彼女の歴史を紐解くと、烏野高校時代に遡る。
部活もクラスも一度も同じになったことはないけれど、
彼女とはよく話す仲だった。

それは、友人の彼女だったから。

アイツのことで迷ったり悩んだりする度、彼女は俺に相談をする。
誕生日プレゼントをもらったと満面の笑みで報告してくることもあった。

「大地は頼りになるね」

その言葉は必要とされる喜びと共に
ただの相談役という、残酷な現実を突きつけた。

俺は、彼女を好きだった。

高校を卒業してから、
友人は東京の大学へ、彼女は地元の専門学校へと進んだ。
誘惑の多い都会に染まっていくアイツ、徐々に距離が開いていく二人。
泣きながら電話してきた彼女から、破局の事実を告げられたのは、
卒業からわずか半年のことであった。

俺の欲しかったものを簡単に手放したアイツを
そうですか、と単純に受け流せるほど俺はオトナではなかった。

アイツとは一切連絡を取らなくなり、
地元に戻った際の、集まろうぜという誘いもシャットアウトした。
周りの奴らにバレてはいないと思う。
元・バレー部主将という肩書きは伊達ではない。
感情を押し殺して平気な顔を見せることなんて、赤子の手を捻るよりも簡単だ。

俺だったら、彼女にあんな顔、させなかったのに。
その「俺だったら」は自分の心の奥深くにグッとしまいこんで、鍵をかけた。
…つもりだった。

そして今、封筒に躍る彼女の名前を見て、開いてしまった鍵。


ジリジリと日射しが照りつける中、向かったのは
テレビで名前を聞かない日はない、オシャレな街。
地下鉄の駅から歩いて割とすぐ見つけた、ビルの隙間にそびえ立つ白い教会。

彼女の、人生で最高の舞台となる場所。

「出席」に丸をつけてしまった自分への後悔はどこかへ吹き飛んでいた。
相手は誰だか知らないけど、彼女が幸せになるならば何でもいい。

何故か彼女は俺を受付係に指名していた。
こういうのって女がやるものじゃないのか、と思い烏野バレー部のマネだった清水にそれとなく聞いてみたが
受付を男子がやっているのも見たことあるよ、と言われた。
でも、なんで俺なのか。

黒いパンツスーツにポニーテール、背筋がぴんと伸びた従業員に、
受付を頼まれているんですけど、と話しかけると
それではこちらに、と教会の横の建物に案内される。
廊下の突き当たり、従業員がコンコンと扉をノックした。
もしかして。
扉を開けた先には、俺の予想していた通り純白のドレスが眩しい彼女がいた。

あの頃よりも大人になった彼女。
でも、面影は消えていない。
にっこり笑った口元からのぞく八重歯。
お前は嫌だと言っていたけれど…俺は、好きだったよ。

「受付係の方がいらっしゃいました。後ほどお迎えに参りますので、ごゆっくりどうぞ」

そう言って、小部屋の中に二人きりにされた。
直後に挙式を控え身が固まっているとは言え、男女を二人きりにしていいのか。
俺の疑問は、彼女の一言が取り払う。

「大地、久しぶりだね」

名前を呼ばれると、高校時代が鮮やかに蘇る。
小さな掌も、柔らかに揺れる髪も、壊れそうな細い肩も
全部アイツのものだったけれど。
唯一、彼女の唇が「だいち」と動いた時。
その動きは他の誰でもなく、俺だけのものなんだ、と思っていた。
あの時と同じように名前を呼ばれ、何も思わない方がおかしい。

「8年ぶり、かな。受付なんて頼んでしまってごめんね。
大地なら、親族にも友人にもきちんと対応できるなって思ったから…」

8年前に相談役として得ていた信頼は健在だった。
彼女は大きく膨らんだドレスを持ち上げ、椅子から立ち上がった。
そしてゆっくりと歩き、俺の正面に対峙する。

「色々あったけど…幸せに、なるね」

頭のてっぺんに輝くティアラ、肩を過ぎ足元まで流れるようなベール。
もう二度と、こんなに近くに感じることはないのだろう。
これからは、俺でもアイツでもないヤツの名字を名乗って生きていく彼女。

押さえつけていた感情が一気に溢れ出した俺は
彼女を思い切り腕の中に引き込んだ。

引き剥がされる覚悟だったが、彼女は何も言わないし動かない。
それどころか、グローブをはめた白い腕を俺の背中にそっと回した。

「今、言うべきじゃないことは重々承知だけど」

前置きをしてから彼女の瞳を見つめる。
きっとこの瞳に俺がこんなに大きく映ることは、もうない。

「お前のこと、好きだったよ」

長い重圧から解放された気がした。
彼女の瞳を見ると、水分がふるふると揺れこぼれ落ちそうになっている。

「…あの時、大地を選んでいたら、よかったな」

決して、今の結婚相手が不満という意味ではない。
ただあの時、18の頃にそうであったら、もっと笑えていたかもしれない。
そういった意味なんだと感じた。
その証拠に、彼女はすぐに俺から体を離した。

今の言葉は、これから先、何があっても手放さない。

迎えに来た従業員に連れられ、部屋を後にする。
館内のよく効いた空調が、夏の暑さだけのせいではない熱をゆっくりと冷ましてくれた。


パイプオルガンの優美な音色の響く中、式は滞りなく執り行われた。
教会の外、招待客は色とりどりの大ぶりの花びらを手に
主役のふたりを待ち構える。

扉が開くと、そこには。
真夏の太陽に負けないくらい、大きな笑顔を振りまく新郎。
そしてその太陽からの光を、愛情を
たっぷりと受け綺麗に咲いた向日葵のような君がいた。

フラワーシャワーの中、腕を組み歩く似合いの二人をみんなのシャッター音が切り取っていく。
俺が強く願ったのは、ただひとつ。


君が、ずっとずっと幸せであるように。

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