twitterであげていたおはなし。

□烏野1年女子に恋しちゃった及川さんのお話A
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わたしを体育館に案内すると、及川さんはダッシュで部活に戻った。
何食わぬ顔でキャットウォークにたどり着くと、
輪になって準備体操をしている部員の姿が見えた。
練習試合の時に見かけた顔がたくさん。
そこへ、息を切らせて及川さんが登場した。

「スミマセン、鼻血が止まらなくてちょっと休んでました」

そんな理由で抜けてきてくれたんだ、と笑いをこらえていたけど
輪の中でも一際意志の強そうな短髪の人が

「サボってたんじゃないだろうな?もしそうだったら、本当に鼻血出してやろうか」

なんて言うから、声を出して笑ってしまった。
いけないいけない。目立つ行動は慎まなくては。


試合を先に見ていたからか、練習を見ていて思うのは
あの強さはこういった一日の積み重ねでできているんだな、ということ。
練習はハードに見えるけどチームの雰囲気はとてもよさそう。
合間に軽い談笑を挟んでいる人もいるし。
そして、このチームを引っ張っているのが自分の恋人だということを
なんだか誇らしく思った。

及川さんは休憩に入ったり、レシーブ練で順番待ちに余裕がある時に
数回だけ、わたしに向けてひらひらと笑顔で手を振ってくれた。
それを見て周りの女の子は「わたしに手を振ってくれた!」と喜んでいる。
一方のわたしはというと、目立ちたくないし照れくさいしで、
手すりにかけた手を動かすことさえできなかった。


午後7時半。
練習が終わり、部員が整理体操を始めると
気づいたらキャットウォークには自分しかいなくなっていた。
急いで下に降り、体育館を出る。
何も言われていないけど、とりあえず校門まで戻れば後で会えるはず。


30分ほどすると、向こうから二つの人影。
とても大きい。
数メートル先に迫ってくると、はっきりと人相がわかるようになった。
見たことある顔。彼と同じ、バレー部の人だ。

「アレ、君…」

明るい短髪で重めな瞼の彼が、わたしを指さす。
そして更に背の高い、下がり眉の彼に耳打ちする。
二人は声を揃えて言った。

「「及川の、彼女でしょ?」」
「えぇ…はい…」

思わず返事をしてしまったことを後悔した。
いくらこうやって見学に連れてきたからとは言え、
部員に秘密にしていたかもしれないのに。

「もう俺らで最後だから、及川も部室の鍵締めてすぐ来ると思うよ」
「こんなとこで待たせるなんて、アイツも罪だねえ」

彼以外で初めて話す青城生。
二人とも及川さんを呼び捨てにしているから、きっと3年生だな。
ガチガチに固まっていたわたしの心を、ほんの少しほぐしてくれた彼らに感謝した。

「マッキー!松つん!そこで何してんのさ!」

声のする方を見ると、及川さん。
二人はわたしからサッと離れ、小走りで校門を出る。
及川さんはわたしを通り過ぎ、二人を追いかける。

「何って、別に。ご挨拶だよ」
「変なこと吹き込んだり、してないよね?」
「自分が変なことしたって思い当たる節でもあんの?」
「ぐっ…そういうワケじゃないよっ!」

3人の賑やかな掛け合いを見ていたら、
もう一つの革靴の音が、隣で止まった。
見上げると、さっき練習の時
及川さんに「鼻血出してやろうか」と言い放った彼だった。

「ども。岩泉と言います」
「は、はじめまして…」

ぺこりと頭を下げた岩泉さんは少し先にいる3人を眺めながら
わたしに話しかける。

「俺、小学校の時からアイツと一緒なんだ」
「あ、ずっと同じチームの人がいるって言っていました。岩泉さんのことだったんですね」
「俺のこと、何か言ってたか?」
「青城のエースだって言ってました。あと、すぐ手が出るけど悪い人じゃないって」
「クソ及川…明日ぶん殴る」

物騒なことを言いつつ、岩泉さんの表情は楽しそうでもあって、
及川さんと彼の絆を感じた。

「アイツ、ヘラヘラしてっし、チャラいと思ってるかもしれないけど」

そう前置きをしてから、岩泉さんは嬉しい事実を告げた。

「一目惚れが実ることあるんだね、ってすげえ浮かれてた。
アイツがあんなに喜んだ顔、久々に見た」

嬉しくて恥ずかしくて俯くと、前方でたっぷり二人とじゃれてきて
満足そうな顔の及川さんがこちらに駆け寄ってきた。

「ちょっと、岩ちゃんまで何か余計なこと、話したんじゃないよね!?」
「お前には十分気をつけろ、と然るべき進言をしておいた」
「ヒドすぎる!」
「じゃあ、お邪魔だから、俺行くわ。…明日、覚えとけよ」
「何?俺、何かした!?」

岩泉さんを見送ってから、ため息をつく及川さん。
少し潤んだ目でわたしを見つめる。

「岩ちゃんの言ったこと、鵜呑みにしないでね?」

怯える小動物のような彼に、少しだけ意地悪をしたくなった。

「わかりました。じゃあ、一目惚れが実ったって喜んでたのは嘘なんですね」
「エッ…」

絶句する及川さん。

「一目惚れ、なんて言ってもらえて嬉しかったのにな」
「あ、違…」

焦ってる及川さん。

「及川さん、ひとつ、教えてあげますね」
「…?」

不思議そうな及川さん。

「一目惚れって、同時にすることも、あるんですよ」
「!」

告白されて、嫌いじゃないから押される形でつきあった。
及川さんはわたしのことをそう思っているかもしれない。
でも、きっとあの保健室で会った瞬間。
既にわたしの心は及川さんに奪われてたんだと思う。

後にも先にも、わたしはこの人しか好きになれない。

嬉し涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしている及川さんを見たら
そう思わずにはいられなかった。


今日も、星がきれい。
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