twitterであげていたおはなし。

□抱きしめてもいいかな
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黒は全てを飲み込む色。

わたしが思うに、君には黒が似合う。
その小さな頭をすっぽりとくるんでるまっすぐな髪も、みんなとお揃いの制服も、そして部の名前が印字されたジャージも、全部、黒だからかな。


「かーげーやーまー!」

ホームルームが終わったばかりの教室に、今日も元気な声が響き渡る。
二つ向こうのクラスの日向くんが、彼を呼びに来る声。

「お前…声のトーン下げろ!毎日名前を絶叫されるこっちの身にもなれ!」

クラス全員に注目され、スポーツバッグのチャックを閉めながら
影山くんは照れ隠しのように怒鳴る。

「はあ!?影山の声の方が、おれよりでかいんですけど!」
「んだとコラァ!」

バッグを背負って勢いよく扉に向かって走る。
次の瞬間には、視界からすっかりいなくなっていた。


高校生になって最初のクラス、出席番号順で隣になったのが彼だった。
背が高くてクールな印象から、クラスの女子は彼を遠巻きに見ていた。
かっこいいよね、なんていう声も聞こえた。

しかし、鋭い目つきを「怖い」と恐れられて、
授業中に白目を剥いて寝ている姿を見て幻滅される。
そういった数々の小さな積み重ねから、
あっというまに女子の「恋人にしたい候補」の枠から転落していった。

バレー部に入ったという彼は授業中、大概寝ている。
部活疲れなんだろう。
珍しく起きていたとしても、手をわきわきと握っては開き、を繰り返していた。
ボールを触りたくて、体育館に行きたくて、仕方がないといった様子。

それに加え、あくびをしてちょっと涙目になった横顔も、
教科書見せてくれますか、と同級生なのに敬語で聞いてくるところも、
可愛いなとしか思えなかった。

例えちょっと怖い顔でも、かっこわるい顔で寝ていても
わたしの中では、彼は憧れの存在。


5月の終わり頃から、各部活のインターハイ予選が始まった。
彼の所属するバレー部は6月の頭に予選が始まるとのこと。
席替えを一度もしていない今こそ、彼に近づける最大のチャンス。
席が離れてしまったら、気軽に話しかけにいけなくなってしまうから。

予選が終わった頃に掛けようと思っている「試合、どうだった?」の言葉を
胸に大切にしまって、毎日を過ごした。


6月のある日、バレー部昨日試合だったらしいじゃんと話す男子の声が聞こえた。
その情報を信じて、隣の席で机に突っ伏している彼に声をかけた。

「影山くん」

わたしの声にぴくりと反応し、ゆっくりと顔だけこちらに向けた。
その表情は痛々しいほどとがっていて、話しかけるなというオーラがぷんぷん漂っていた。

「…バレー部、試合だったんだよね?どうだった?」

呼んでしまったからには言うしかないと、あたためてきたセリフを放った。
彼は唇を噛み締めると、何も言わず再び顔を伏せる。

あれは、悔しい思いをした人のする顔だ。
多分、彼のチームは負けた。
そして「負けた」という一言を口にすることさえツライほど
まだ敗戦で抉られた傷は癒えていないのだ。
無神経な女だ、と思われ、嫌われたに違いない。

頂点を目指した彼に試合終了のホイッスルが吹かれたように
わたしの恋も終わりを迎えたんだと悟った。


その日の夕方、委員会が終わって教室に戻ると
外を眺めている人が一人、残っていた。
西日で顔ははっきり見えないけれど、大きさからすると男子だ。
座っているのはわたしの隣、窓際の席。

…まさか、違うよね。
部活やってる時間だもんね。

でも、少しだけ抱いた期待は、裏切らなかった。

わたしの足音に気づき振り向いたのは
他でもない影山くん、だった。
しかも練習着姿。

昼間のことがあるから、わたしは何も言わず鞄だけ取って帰ろうとした。
焦りから、自分の席に向かう途中、他の子の机や椅子にガンガンぶつかった。
席にたどり着いて鞄を手に取り、すぐさまその場を離れようとすると、
わたしの手首を捕らえる大きな手。

「あ…わり。ちょっと言いたいことあって、部活抜けてきた」

”あのこと”を怒られるかなと覚悟した。
ぎゅっと目をつぶって、次に降ってくる言葉に打たれる準備をした。

「今日さ、悪かったな。無視したみたいになっちまって」

ゆっくりと目を開けると、頭を掻きながら眉を少し寄せている彼の顔が見えた。

「知ってるかもしんないけど、俺ら、試合負けたんだ。
最後…俺のトス相手に読まれてて、止められて、負けた」

悔しさを一つずつ噛み潰していくように話す彼は
本当にツラそうで、もういいよ、と言いたくなった。
でも、普段自分からこれだけ話す彼を見たことがなかったので
最後まで聞いてあげるのが一番いいんだろうと思った。

「悔しくて、誰とも話す気力もねえし、授業なんて耳に入らねえし。
でも、昼休みにアイツ、日向と体育館で動きまくって叫びまくって…発散した。
そんで、次は誰かに謝んなきゃいけないようなプレーはしないって、誓った」

今はもう前を向いていて、昼間よりも穏やかな気持ちみたい。
話しているうちに、悲痛な表情は未来を見据えたものへと変わっていた。

「そしたら、昼間お前のこと無視したこと、悪かったなと思い出して。
部活の休憩時間だから抜けてきたんだ。
委員会終わる頃とちょうど被りそうだったから、さ」

それほどに自分のことを「あの」影山くんが考えてくれてるとは思いもしなかった。

「元からこんな顔だから、女子とかびびってあんま寄り付かないのに
お前は変わりなく接してくれる。
教科書とか見せてくれるし、寝てたら後でノートも貸してくれたし」

そこで言葉を止めて、すうっと息を吸う音がした。

「すみませんでしたっっ!!!」

日向くんを注意した時と同じくらい大きい声で叫び、頭を下げる。
これが、彼なりの精一杯なんだな。

わたしの好きな人は、やっぱり可愛い。
クスクス笑うと、軽いげんこつが落ちてきた。

「笑うなよ、俺なりに誠意を見せたつもりだ」

ひとしきり笑った後、彼の頬に涙の筋を見つける。
…もしかして。

「影山くん、本当はまだ試合のこと、くやしいんでしょ。
泣きたいけど、日向くんや部活のみんなの前では泣けないから、我慢してたんじゃない?」

教室でわたしを待つ間、外を見ながら
影山くんはそっと涙を流していたのだ。
みんなから離れて、一人になって、こみあげる涙。

図星だったようで、トレーナーの袖で慌てて頬を拭った彼に、
大胆だけど好意を伝えるいい方法を思いついた。
こんなこと、普段のわたしなら絶対できないだろう。
でも、今だけは二人きりだから。

「影山くん。…抱きしめてもいいかな」
「!?」

びっくりしている影山くんを席に座らせ、
わたしは立ったまま彼の丸い頭をそっと抱きしめた。

えっ、とか、うわ、とか言いながらもおとなしく頭を抱かれている。
しばらくしたら鼻をすする音が聞こえてきた。

「いいよ、泣きな、泣きな。誰にも言わないから」
「うるっせえ。泣いてなんか、いねえよ…」

シャツにあったかい水分が触れる感覚。
もう少ししたら、仲間のもとへ戻っていく彼を
この瞬間だけは何もかもから解き放ってあげたかった。

腕の中でかすかに揺れる黒髪が西日に照らされる。

つらいのも、苦しいのも、くやしいのも。
全部の色を飲み込んで、これから誰にも負けない「黒」になっていく彼を
一度ここで、生まれたての白い心にしてあげるんだ。

そうしたらその真っ白な心に、一番にでっかく「好き」と描いてやる。

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