twitterであげていたおはなし。

□潔子さんと自分を比べちゃうマネのお話。
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廊下をバタバタ駆け抜けるし、教室ではいつも騒がしい。

コイツとは朝から晩まで顔を合わせているもんだから
自然と、目に入っちゃうよね。
声を、覚えちゃうよね。
笑顔も悔しそうな顔も、すぐに思い浮かべられるくらい瞼に焼き付いてる。


西谷夕の第一印象は最悪であった。

高校1年の春、満開の桜の木に囲まれた校舎を横目に
入学式が行われる体育館に足を踏み入れる。

渡されたプリントに目を通して自分の席を探した。
見つけた自分の椅子、取り囲むであろう人はまだ誰も来ていない。
まさかの、クラスで一番乗り。
ソワソワしながら、胸に付けられた新入生の印にそっと手を触れた。

高校生か。
大人だと思っていたのに、いざ、なってみると何も変わらない。
式典前の程よい緊張を感じながらも
これからある出会いへの期待に胸が膨らむ。

「なんだ、1組来てるの、お前だけか!」

青春に思いを馳せていたわたしの脳内に、突如水を差した大声。
顔を上げると、仁王立ちの男の子。
髪を逆立て、少しだけ下ろした前髪にはメッシュが入っている。
つり上がり気味の目は、意志の強そうな雰囲気を醸し出していた。

初対面なのに「お前」呼ばわりとか。
イラっとしたので、言い返そうと思わず立ち上がる。

あれ?目線がほぼ同じ。
というかもしかしたらわたしよりも…

「ちっさ」

気づいたら口走っていた。
すると彼は目をつり上げて臨戦態勢。

「てめぇ!身長のことは言うな!」
「あんたが先に、お前とか言うのが悪いんでしょ!」

つかみあいこそしないものの、罵倒しあう二人。
体育館中の視線を浴び、先生から注意され、後からきたクラスメイトからは笑われた。
とにかく、彼との始まりは最低だった。


そんなわたしが、今は彼と同じバレー部に所属している。
しかも運命か偶然か、2年になっても同じクラス。

彼とは初日のケンカの後、和解してから
周囲に「同じ中学だったの?」と言われるほどよく話す仲になっていた。
痴話ゲンカも日常茶飯事。

部活を決めていない、帰宅部でもいいかなあ、と言ったわたしを
彼は自分が入部するというバレー部のマネージャーに誘った。

「知識がなくても、熱意があれば。お前、根性ありそうだしな」

根性なしのレッテルを貼られたくない、とムキになって入部したけど、
いざ入ってみたら先輩は優しいし、バレーのことを覚えるのも楽しかった。

試合で誰かが活躍すれば自分のことのように喜び、
負けたりスランプに陥っている人がいれば、同じように胸を痛めた。
入部して1年。
烏野高校排球部は、気づいたらかけがえのない場所になっていた。

けど、最近ひとつだけ問題がある。
それはチームじゃなくて、わたし個人の、なんだけれども。


「潔子さぁ〜ん!貴女に会いに来ました!」

出たよ。お決まりのセリフ。
目をらんらんと輝かせた小型犬のような彼が、突進していく先には
一輪の聡明で美しい花、マネージャーの清水先輩。

艶やかな黒髪が肩まで伸びたその人は、誰もが目を見張るほどの美貌の持ち主。
口元のホクロが、その美しさに色香を添えている。
冷静で仕事もテキパキとこなす憧れの人。
メガネの奥からこちらを見つめ
名前を呼ばれるだけで、女のわたしでもドキドキした。

彼は、清水先輩にまっしぐら。
同級生の龍と一緒になって、崇めたてまつっているその様子は部の名物にもなっている。
そりゃあ、あんなに美人で仕事もできる人なら、ね。
肝心の清水先輩はというと、駆け寄ってくる犬二匹を
今日も華麗に平手打ちでスルー。

わたしもあんな風になれたら。
それはずっと前から胸の中でくすぶっていた感情。

潔子さん、美しいな。
潔子さん、さすがッス!
潔子さん、きよこさん、キヨコサン…

彼がそう呼ぶ声を聞くだけで、心は泥水を吸ったかのようにずっしりと重くなる。
この気持ちに気づいたのはいつからなんだろう。
わたしは、彼に恋しているのだ。


後悔しか残らない。
ついに言ってしまったのだ。
それは休憩時間のこと。
いつも通り、清水先輩の姿に目を輝かせている彼にかけた一言。

「相手にされてないのに、よくやるね。不毛な恋ってヤツじゃん」

彼は面食らった顔を見せた後、少し表情を固くして見つめてきた。
じーっという音が出そうなくらい、長く。
威圧すら感じる真顔。
いたたまれなくなったわたしは、その場から逃げ出した。

その後練習を再開しても、最後に見た彼の顔が頭をよぎっては自分の可愛げのなさを呪った。
なんであんな言い方しかできなかったんだろう。
ボールを拾ったり用具を片付けたりと手は動いていたけど
頭の中、完全に部活のことはお留守になっていた。

練習が終わり部員がモップがけを始める中、外履きに履き替えていたら
透き通るような声で名前を呼ばれた。

「今日、体調悪かった?いつもと違う感じがしたから…」

こんな優しい先輩に心配をかけて、ヤキモチを妬いて…
部活に身が入らないなんて、わたしは、最低だ。

涙がほろほろと頬を伝った。
急に泣き出したわたしに、うろたえる先輩。
先輩のキレイな顔をほんの少しでも乱してしまったという罪悪感が、涙に追い打ちをかけた。

「なんだ、お前。泣いてんのか」

先輩の後ろから彼の声がする。
このままだと部員全員に泣いてる姿を見つかってしまう。
でも、焦るほど涙は勢いを増していく。
その時、ぐいと腕を掴まれた。

「潔子さん。コイツ、俺が何とかするんで大丈夫ッス」

ほら、立てよと促され、タオルを顔に押し当てたまま彼に引っ張られ歩き始めた。
こんな状態のくせにいっちょまえに恋心はあるから、その力強さにキュンとしてしまった。

「とりあえず制服に着替えろ。話はそれから、な。終わったら体育館の裏に来い」

わたしを更衣室の前まで連れてきた彼はそれだけ言い残すと、部室棟に去っていった。
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