twitterであげていたおはなし。

□くっついた背中と背中
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学校で一番高い場所で、青空をひとりじめ。
このうえない贅沢な時間。

ギッという扉の音に振り向くと、侵入者はこちらを見てニッと笑った。
「やっぱり、ここか!」


数十分前、わたしは人生で初めての失恋をした。

相手は、同じ水泳部の先輩。
入部した時から優しく接してくれて、日焼けした笑顔が印象的な人。
夏休みも終わって、本格的に受験勉強に入る前に
この想いを伝えたいと出した勇気は、儚く散っていった。

「お前のクラスのやつに聞いたらさ、どこ行ったかわかんねーって言うんだもん」

この侵入者は幼なじみの翔ちゃん。
幼稚園からずっと一緒だけれども、まさか高校まで同じになるとは思ってもみなかった。
「小さな巨人になる!」そう言って机にかじりついて勉強していたのを、鮮明に覚えている。

彼は1組、わたしは4組とクラスは違うけれども、
ことあるごとにうちのクラスに来ては、昔と変わらない笑顔で、
擬音をたくさん交えて話しかけてくる。
ある程度の年齢になると、幼なじみをウザイと思ったり突っぱねる男の子だっているけど、
反抗期なんて彼にはないんだと思う。

「お前、昔から高いところすきだったよな。だからここかなー、なんて」

隣にしゃがみこんでいつもの調子で話しかけてくる。
彼には先輩のことを話していたし、告白もすると教えていた。
それぐらい、彼とわたしの仲は親密。
だから、なんでここにひとりたそがれているのかも、きっとわかってる。

「それにさ、飛び降り自殺なんてされたら困る!」
「あのね、失恋ぐらいでそんなことしないよ、ばか」

そうだよな、と笑い飛ばす彼の燃えるようなオレンジ色が揺れ、
屋上の味気ない灰色の世界を彩った。
自毛ですって先生に説明するの大変なんだぞ、と中学の頃から言っていたけれど
わたしはこのあったかい色がすき。
どこにいてもすぐ見つけられるしね。


隣にしゃがんでた彼が、ずりずりと位置を変えてわたしと背中合わせになった。
そして、思い切り体重をかけてきた。

「ぐえっ…重いってば!」

中学の時にぶかぶかの学ランを着ていた小さな背中。
高校に入っても変わらないと思っていたけど、
バレー部で鍛えているからか、心なしか固くて広く感じる。

背中を押し返す。

「お前もまあまあ重いな」
「なんか言った!?」

そう言いながら、子供みたいなシーソーゲームは続いた。
くっついた背中と背中。
最後はわたしが彼の背中に身を任せて天を仰いだ。

気づいたら、先輩のことなんて忘れてた。
その程度の恋、だったんだろうか。
確かにすきだったはずなんだけどなあ。


そろそろ行こうかと腰をあげ、スカートをはらった。
立ち上がっても、同じ目線のわたしたち。

「元気、でたか?いつだって背中ぐらい貸すからな!」

名前にぴったりな笑顔を見せるから、わたしもつられて笑った。
どんなヒドイ顔になってるかはお構いなしに、全力で顔を崩す。

そしたら、彼はスッと笑顔をやめ、ガラス玉のように丸く大きな目をわたしに向ける。
たまにしか見せない、真面目な顔だ。

「…こっちも、貸すし」

自分のシャツの胸のところをぐしゃっと鷲掴みにしている。

「お前のために、あけとくからな。ずっと」

さっきより更に声のトーンを落として、
静かにわたしの心の中に置いていった一言。

「翔ちゃんの胸を借りるなんて、考えられないよ」

口ではそう言いながらも、特別な言葉を贈ってくれた幼なじみを
不覚にも、かっこいいじゃんと思ってしまった。少しだけね。

でも、一瞬頭の中をよぎったんだ。
わたしに向けて、おいでと両手を広げる彼の姿。

もしそんな未来が待っているのだとしたらなんだか照れくさいけど
その時は、素直に飛び込んでみていいかな。

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