twitterであげていたおはなし。

□黒縁メガネのキューピッド
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好きな人の隣、たったひとつの特等席。

恋する女の子であれば誰だってその席を望んでいて
特に人気者の男子を好きになると、ライバルが多くて大変だと思うだろう。

でも、自分が案外魅力的だということに全く気づいていない
わたしの想い人だって、同じくらいやっかいだ。


放課後、吹奏楽部の練習を終えたわたしは荷物を取りに教室へ戻る。
扉を開けようとしたら、小さなガラス窓部分から中にいる集団が見えた。
女子数名がおしゃべりに興じている。

盗み聞きしようと思ったわけではない。
でも、扉の向こうから確かに聞こえてしまったんだ。

「明日、告白しようと思うんだよね、山口に」

扉に伸ばした手を引っ込め、柱の陰、体育座りでしゃがみこんだ。
告白する、と言った子が誰なのか確認できていない。

わたしと同じ人を想う子が、あの中にいるんだ。

心臓がばくばくと鳴り、手が震えだす。
このまま彼女たちが教室を出てきたら、それこそ盗み聞き、と言われてしまうかもしれないのに一歩も動けなかった。

「…入らないの?」

頭上からの声に顔を上げたら、そこには月島くん。
大半の女子が想いを寄せているといっても過言ではない、クラス一のモテ男だ。
本人が至ってクールなせいか、チヤホヤされているというのではなく
みんな陰から見つめていて、お近づきになるチャンスを伺っているという感じ。
そして彼は、山口くんといつも一緒にいる。
わたしにとっては違う意味で”憧れの人”だ。

この機会を逃したら、鞄を取りに入れなくなると思ったので、
スッと立ち上がり、長身の月島くんの後ろに付いた。
月島くんはなんのためらいもなく扉を開ける。

「あ、月島くん!」

女子の顔がパッと明るくなり、最大限と思われる笑顔を彼に見せている。
その隙にわたしは自分の席に流れるように移動した。

「…何話してたの?」
「ふふっ、恋バナとかね」
「へぇ。楽しそう」

全然楽しそうと思っていないでしょ、と突っ込みたくなるくらい
棒読みな返しをする月島くん。

「誰が人気なの?」

自分がそのトップに君臨していることなんて知らない彼は
ストレートな質問を彼女たちにぶつけた。
彼女たちは、もじもじしながら小声で話していたが
そのうちの一人が言い放った。

「山口、かな」

その名前が出たことを少し意外に思ったのか
ふーんと言いながら鞄を手に取る彼。

「山口ねえ…」

そう呟いた後、視線を一瞬わたしに向けた。
心を見透かすような濃い飴色の瞳に、無言の圧力を感じたのは気のせいか。
月島くんが女子を引きつけてくれている間に、無事教室を出ることができた。


山口くんが好き。
はっきりとしたきっかけはわからないけれども、いつのまにか惹かれていた。

近寄りがたいオーラのある、氷の中に閉じ込めた花のような月島くんの隣で、
いつもひだまりのようにやわらかく微笑んでいる。
月島くんの機嫌が悪い時だったらしく
話しかけようとしたら突っぱねられておろおろしている子に、
ごめんね、とフォローを入れている場面を目にしたことがあった。
そして、実は背が高く細身で、スタイルだっていい。

これが、やっかいなんだ。

月島くんという華やかな存在の陰にいるつもりで、全然隠しきれていない。
チラチラとその魅力が前に出てくるから、わたしは気が気ではなかった。

誰も、気づきませんように。

その願いは今日、虚しく散った。
ライバルの登場に動揺を隠せない。
告白、明日って言ってたよね…

明日の今頃、彼の隣はあの子でうまっているのだろうか。
乳白色のお湯につかり手足をぐんと伸ばしながら
そんなことばかり考えていたから、湯あたりで頭がくらくらした。


ざわざわする胸を抱えていつも通り教室に入る。
目の端に映る彼は、昨日までと何ら変わらない。
ツッキーおはよ、と声をかけ、朝練でも会ってるデショと突き放されている。
それでも、ゴメンツッキー、なんて笑ってる。
ぴしゃりと風が吹き付けてもしなやかに揺れ、決して折れることのないこの花が、
今日他の人のものになってしまうかもと思うと、心は鉛色で塗りつぶされた。

「あんた、顔色悪すぎ。保健室いきなよ」

どうにか最初の授業は乗り切ったけれども、
2時限目が始まる直前、友達に言われた。

「先生にはうちらが言っておくし、少し休ませてもらいなよ」

本気で心配してくれている。迷惑かけらんないな。

「…わかった、行ってくる。ごめんね」
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