twitterであげていたおはなし。

□味見係はつらい
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もうこれで、何個目だ。

口の中に広がる甘ったるい味とバニラの香り。
元々、甘いものが好物なわけではない。
それでも俺は黙々と食べ続ける。
目の前で心配そうに見つめるこいつのためなら、な。


「あのね、バレー部に差し入れしたいんだけど」

その一言にピンときた。
どんだけこいつのことを見てきたと思ってるんだ。
俺のことをバレーしか考えてないと思ってる奴、それは間違いだ。
頭の片隅、目の端に、いつもこいつを留めていたりする。
似合わねえってわかってるよ。
でも…好きなんだから仕方ねえ。

「はじめ、味見してみてくんない?」

その申し出がなぜ俺に向けられたのか。
答えは簡単だ。
俺が、差し入れの最終標的であろう及川と小学校からの仲だから。


自由な校風のうちの学校は、調理実習室を生徒が好きに使える。
申告さえしておけば、放課後も。
今日は部活の休養日になっている月曜日。
悔しいが俺にはたっぷりと時間がある。
こいつのお菓子作りに味見係としてつきあわされているのだ。

そして、オーブンから出てきた少し形が悪かったり、焦げかけだったりするクッキーを
文句ひとつ言わずに(自分でも頑張ったと思う)食べ続けている。

「バレー部のみんなは、甘いもの嫌いじゃないかな?」
「あー…割と、好きなんじゃねえの。花巻はシュークリーム好きだし、後輩に塩キャラメル好きな奴もいるし」

あえて及川の名前を出さないのは、ささやかな抵抗。
あいつはミルククリームがたっぷりと挟まった牛乳パンが好きだし
ファンから手作りのお菓子を山ほどもらっては練習の合間につまんでいるから、
甘いものが嫌いなわけない。
それに、何よりもこいつの口から及川の話を聞きたくなかった。


今でも覚えてる。
休み時間にできた女子の輪から聞こえたあの一言。
間違いなくお前の声だった。

「及川ってなんだかんだ、やっぱりかっこいいよね」

俺は及川のようにキャーキャー言われるような男ではない。
それにあいつと違って、女子に愛想を振りまくこともない。
普段、誰が好きとかいう話題はもっぱら聞き役だったお前が、ああやって及川を褒めたことで確信した。

お前も、砂糖菓子に群がるアリのうちの一匹なのかよ、と。
悪かったな、俺はどう転んでも砂糖菓子にはなれない。


回数を重ねるにつれて、見た目のよいクッキーが目の前に並ぶ。
いいんじゃねえの。あいつ、これなら絶対喜ぶぞ。

「もう十分だろ。俺、帰ってもいいか」

スポーツバッグを手にかけ椅子から立ち上がると、オーブンに向いていた体を反転させ
待って、と引き止める声。

「ちゃんと感想、聞いてない。…おいしくできたかな?」

十分だろってさっき言っただろうが。
これ以上惨めな気持ちにさせんなボゲが。

「…いいんじゃねえの、あいつも喜んで食うと思うよ。よかったな」

そう言い捨てると迷いなくドアに向かった。
けど、それよりも早く俺の前に回りこみ、じっと見つめてくるこいつ。
…見んなよ。こんな時でも可愛いだなんて思って頬が緩んでしまいそうだ。

「あいつ、って誰のこと?」

シラをきるつもりか。
俺がお前をどんだけ見てるか、お前は本当に知らないんだな。
その瞳に、あいつしか見えていないからなのかよ。

「誰って、及川に決まってるだろ」

ついに言ってしまった。
言いたくなかったこの名前。
…あとで及川をブットバシてやりたい気分だ。

そんなことを思ったけど、俺の言葉を聞いても、頬を染めるどころか
眉を寄せ少し機嫌が悪そうなこいつに違和感を感じた。

「はじめ、なんか勘違いしてないかな」

少しうつむいてため息をつき、もう一度俺を見てくる。

「なんで、はじめに来てもらったか…わからない?」
「なんで、って…そりゃ及川の好みの味にしたいから、とかじゃねえのか」

ここまで言わせられるなんてな。
自分でえぐった傷は、後でどうやって埋めようか。
傷心に浸る準備をしかけた脳内に、静かに響いたお前の声。

「わたしは、はじめにおいしいって言ってもらいたい」

俺からじゃねえだろ、その言葉を聞きたいのは。
クソむかつくくらい、笑顔の得意なあいつからのはずじゃ…

「はじめが好きだから。好きな人からおいしいって聞きたいよ」

ありえねえ。
そんなこと言われるなんて思わねえよ、普通は。
味見を頼まれた時点で、こいつの心の中心に俺はいないと思ってた。

「好き…な奴に、味見係なんて頼まねえだろ」
「味見係を頼めば、『俺に気がある』って警戒されないかと思ったの」

こいつ、そんな計算ができるような女だったのか。
普段はボケっとしていてそんな素振りなんて見せねえくせに。

「だって、お前この間、及川かっこいいとか話してただろ」
「なに、あの話聞いてたの?」
「聞こえちまったんだよ!」
「あれは…カモフラージュだよ」

何の意味があったんだ、そのカモフラージュとやらは。
腑に落ちないというのを思い切り顔に出してみたら、とんでもなく心を乱す言葉が返ってきた。

「だって、はじめを褒めたら、他の女子がはじめのこと見ちゃうじゃん。
好きに…なっちゃうじゃん」

わかってねえな、お前は。
こんなこと言われて平常心でなんかいれるか、ばかやろう。


はやる心臓をおさえ、スポーツバッグを投げ出すと銀色が眩しいシンクに足を運ぶ。
シャツの袖を勢いよくまくった。
レモンイエローのスポンジに思い切り洗剤をかけてふわふわと泡立てる。
華やかなオレンジの香りが鼻をくすぐる。

「ほら、洗い物すっから。そこのボウルと天板も持って来い。
さっさと片して、帰るぞ。…一緒に」

こいつの作戦に見事にハマってしまった俺の、精一杯の反撃。
どれだけ好きか、この後思い知らせてやるからな。
覚悟、しとけよ。

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