twitterであげていたおはなし。

□ホリデイ
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試合ではガンガンサーブを決めまくり、相手に触れさせる隙も与えない。
そんな俺を、脅かすような奴なんて誰もいない。
※BUMP OF CHIKENのホリデイという曲をイメージして書きました。


中学最後の大会では、宿敵・白鳥沢を倒した。
ウシワカちゃんの悔しそうな顔ったら、最高以外の何物でもない。
やっと勝てたなって岩ちゃんとハイタッチして、全国の舞台へ思いを馳せた。

…という夢を見た。


自分の体温でほかほかのふとんの中、身をよじる。
これが、彼女のそれであったらいいのに。
『いつもかっこいい及川さん』でありたいから
彼女には、弱いところもかっこわるいところもひた隠しにしている。
こんな風に、実際とは真逆の夢を見たことなんてもちろん言えない。

自分で言うのもなんだけど、俺は天才じゃないから、ひたすら練習の虫だ。
中学時代、2つ下にトビオという後輩がいた。
練習熱心という意味では俺もトビオも「虫」なんだが、
あいつは蝶って感じ。
バレーの神様に愛されたきれいな羽を広げ、コートの中をはばたく。
その蝶に、練習試合といえどもポジションを奪われたことは今でも絶対に忘れない。

そしてウシワカちゃんには一度も勝てていない。
それは中学だけじゃなくて高校にあがっても変わらなくて。

天才で不動の地位をモノにしていて、負け知らず。
そんなうまくいく人生なんてありえない、ってことぐらいわかってる。


うっすら開けた目に映るのは、窓際に置かれた小ぶりの植木鉢。
「植物には癒し効果があるんだよ」なんて笑いながら彼女がくれた。

それなのに、部活で疲れて帰ると水やりのことをすっかり忘れていた俺。
植物を育てるなんて、小学校の夏休みのアサガオ以来。
しおれたはっぱを見て慌てて、たっぷりと水をやったのだが今度はやりすぎだったみたい。
何日か前に、葉も茎も朽ちた色に変わって、花を見せることなくうなだれてしまった。
枯らした、なんてかっこわるいから彼女には黙っている。

もっと強くなりたい。もっとうまくなりたい。
その想いは時々自分の首を、全身をぎゅうぎゅうに締めつける。
どれだけ頑張っても、怪童ウシワカにも天才トビオにも敵わないんだろうななんて思いつつ
「天才じゃないから仕方ない」なんて割り切れずにいる。
諦めが悪いから、精一杯もがく日々。


よく考えたら今日は日曜日。
みんなは休日だろうけど、俺は部活がある。
耳を澄ますと雨音が聞こえてきたけど、バレー部に天気は関係ない。
だから、昨日までと同じように練習が待っているんだ。

日曜の練習は8時半から。
枕元の目覚まし時計を見ると、針が動いていなかった。
7時に鳴るようにセットしてたはずなんだけど…電池切れか。
正しい時間を確認しようと携帯を探そうとしたけと、まだもう少し、まどろんでいたい気持ちが勝った。

さっきまでの夢の続き、見れないかな。
全国に行った時の自分の勇姿を、嘘でもいいから見たかった。
目を閉じている間は、何を夢見ようが自由だ。
ウシワカちゃんもトビオも遥か下から俺を見上げてる、といった図を想像して酔いしれることだってできるしね。
…でも、所詮夢は夢。
今日も俺には現実世界が待っている。


さすがに主将だし、練習に遅刻はまずいな。
それこそ、岩ちゃんからの制裁は避けられないだろう。
手を伸ばし携帯を見たら朝7時半。うん。ギリギリ間に合うかな。
とにかく髪の毛、なんとかしないと…なんて思ってたらメールがきていることに気づいた。
…彼女からだ。

『おはよう。今日も練習がんばってね。
実は、お弁当作ってみたんだ。後で届けに行ってもいいかな?』

ふとんを跳ね上げ、急いで洗面所に向かう。
いいことづくしの夢を見るのもいいけれど、彼女の笑顔も手作りのお弁当の味も、現実じゃないと味わえない。


学校まで全速力で走った。
背中に感じる太陽の光は、ふとんの中よりもずっとあったかい。
体育館の横に目をやると、制服姿の彼女。
清廉で静かな朝の空気の中、風に揺れる黒いセミロング。

「はい、これ。いってらっしゃい」

時間の余裕はあまりないのに、新婚さんみたいだな、なんて考えては頬が緩む。
この後帰るの?という俺の問いに、彼女は図書館で勉強してく、と言った。
本格的な受験シーズンに備えてこの季節から勉強に励む彼女は、アリとキリギリスに出てくるアリのようだと思った。

「じゃあさ、俺の部活が終わったら一緒に帰らない?3時過ぎくらいになっちゃうけど」
「うん。待つよ。大丈夫」
「それと、帰りにちょっとつきあってほしいとこがあるんだよね」
「いいよ。どこに寄るの?」

花屋、と答えると彼女は不思議そうにしている。
男が花屋に行くと言ったら、大切な人に贈る時を普通は想像するから、じゃないかと思う。
今日は彼女の誕生日でも、つきあった記念日でもないから、
なんで、って思っているんだろうな。

「…この前もらった花さ、枯らしちゃったんだよ、ごめんね。
だから同じやつ買って、もう一度育てたいなって思って」

かっこわるい俺も受け入れてくれると信じて正直に話す。
彼女は、もう、ひどいなぁなんていいながらも笑ってくれた。

「あれはね、ガザニアって花なんだよ。意味は…」

あなたを誇りに思う。

がんばってるの、知ってるから。
どんな徹であっても、わたしには自慢の彼氏なんだよ。

照れながらそう教えてくれた。
花に込められた想いを知り、黙っていられるわけない。
もう行かないといけないのに、体は彼女を抱きしめることを優先した。
ふとんより、朝の光より、あたたかい。
腕の中の彼女は、今度は花、咲かせてね、と言う。

もちろん、咲かせるさ。
ちゃんと正しい育て方を調べて、今度はダメにしたりなんかしない。
そして俺も、君のためにコートに咲き誇る花になろう。


ああそうだ。
時計の電池も買わないといけないからコンビニにも寄らないと。
これからは寝坊も遅刻もしてらんない。
夏はすぐ背後に迫っているから、1秒でも惜しいんだ。

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