twitterであげていたおはなし。

□女バレの子のお話(研磨視点)
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背中に走る衝撃には、もう慣れた。

朝練が終わるとみんなで教室に向かう。
その途中、廊下でチョップやら正拳突きを受けるんだ。
いつものこと。
振り返らなくても誰の仕業かなんてわかりきっている。

「こら研磨!背中丸めて歩かない。シャキっとしなよ!」

…今日はチョップだった。
よく通る声。
何を食べたらそんな大声を出せるんだろう。
おれと同じように朝練してるはずなのに、有り余るほどの元気。

背中をさすりながら彼女をゆっくりと睨みつける。

「…ホント馬鹿力。さすが、ウィングスパイカーなだけあるね」
「そんな強くやってないでしょ?」
「…背骨、折れるかと思った」
「こんなんで折れるなんて、ヤワな男だね」

こんな風に言い合いをしながら、同じ教室に足を進める。
クロを始め他の部員は、後ろからニヤニヤしながら見てるだけ。
朝のお決まりの光景。

彼女は同じクラスで、女子バレー部に所属している。
背は平均ぐらいだけど、ジャンプ力とパワフルなスパイクが持ち味のウィングスパイカーで
1年の頃からレギュラーとして活躍していた。


入部して2ヶ月、インターハイ予選前のある日。
練習中、休憩の時に外に出たら
壁に寄りかかってしゃがみこむ彼女の姿があった。
女バレの子で、同じ学年の子だなというのはわかったけど、名前はわからない。
見なかったふりをして体育館に戻ろうとした。
すると、鋭い声が飛んでくる。

「見たでしょ」

一瞬何のことかわからなかったけど、振り返った時見た彼女の顔は
涙でぐしゃぐしゃだった。
タオルをぎゅっと握り締めて、おれから目を逸らさない。
この場から逃げる一番最適な方法を考えている間に、彼女が話し出す。

「サボると怒られるのに、頑張って嫌味言われるのって、どう思う?」

逃げるのを諦め話を聞けば、
経験者の彼女は入部してすぐにレギュラーとなったのだが、
元々レギュラーだった先輩から妬まれ、イヤガラセの標的になったと言う。
男のおれですら、人間関係はやっかいだ、と思うのに
女子って面倒くさい生き物だな、と思った。
でも、おれも無意味に威張り散らしてくる先輩に疑問や苛立ちが募ることはあったから
彼女の気持ちが少しだけ、わからなくもない。
だから、無言で頷きながら話に耳を傾けていた。

「わたしバレーが大好きだし、上手くなりたいんだよね。
周りにどう思われようが頑張るのをやめたら、きっと後悔するだろうな」

そう言った彼女の涙はもう乾きかけていて、瞳は高い空を見つめていた。
ポニーテールが彼女の芯の強さを表すかのように、風の中で主張している。
話、聞いてくれてありがとう、と告げて去る名前も知らない彼女。
突風のようにおれの心を横切っていった。


幼なじみのクロに誘われて始めたバレー。
特に好きでもないし、練習を熱心にやるわけでもない。
それなのに中高と続けるなんて、それだけでも結構な奇跡だと思う。

ハッキリ言うとゲームの方が楽しい。
やり直しやリセットができるし、迷ったら攻略本だってある。
飽きたらすっぽかしてもいいし、消去したり売ったりしてもいい。
誰に強制されるわけでもなく、好きな時にできる。

その気持ちは不動のものだったのに、見ず知らずのおれに
バレーが大好きだと宣言した彼女を見て、そのまぶしさに少し嫉妬した自分がいた。
おれがあんな風に、バレーが好きだと誰かに告げる日は、来るんだろうか。


2年になり、あの彼女と同じクラスになった。
あの長いポニーテールは、去年インターハイ直前にふんわりとしたショートカットに変わっていた。
何か吹っ切れたんだろうな。
同じ体育館、目の端に映る彼女は生き生きとしていた。
そんな彼女は新しい教室でおれの姿を見つけると、丸い目を大きく見開いて近づいた。

「あの時の、だよね?」

1年間同じ部活にいたのに、話したのはこれが初めてだった。
グイグイと距離を詰めてくる明るい彼女に最初は警戒していたけれど
もう慣れてきて、今では冒頭のように軽い暴力を振るわれ、憎まれ口も叩く仲になった。
彼女曰く、暴力じゃなくてコミュニケーション、とのこと。


5月になり、そんな彼女が告白されたというニュースが教室内を駆け巡った。

相手は3年生で、結構人気のあるバスケ部の人らしい。
女子は「すごい」「いいな」を連発して盛り上がっている。
その中で、まんざらでもなさそうに微笑む彼女を見ると
おれとは住む世界が違うんだな、と思った。

恋愛なんて考えられない。
同級生のヤツは彼女ができたとか、どこまで進んだとかいう下世話な話をしているけれど
おれには無縁。
誰かを特別に想ったり、胸を焦がすなんて、疲れるだけだと思う。きっと。



その日の放課後、部室に向かうおれを呼ぶ声。
朝と同じ、彼女の声だ。
でも、告白されて誰かに女の子扱いされている彼女だということを、なんとなく意識してしまった。

「今日、男子も遅くまでやるのかな。予選まであと1ヶ月半くらい?だもんね」

駆け寄って、朝と同じように隣に並び
至って普通の会話を投げかけてくる横顔。
よくみると、可愛いと言われる部類なのかもしれない。
人気者の彼女になるのに、ふさわしいんじゃないかな。
…少なくとも、おれみたいなのと並ぶよりは。

「…告白、されたんでしょ」

自分から切り出す話がなく、ついにこの話題を出した。
彼女はおれの口からこういった類の話題が出たことに少し驚いた様子。
そして、口元をふにゃりと緩ませて「まいったな、研磨も知ってたんだ」なんて言う。
知ってるよ、あれだけ噂になってるんだし。

「付き合えばいいじゃん。もったいないよ」

こんなこと言うんだ、と正直自分が一番びっくりしている。

これ以上この話題に触れていられなくて、彼女を置き去りにして部室へ向かった。
声もかけてこないし、追ってもこない。
そんなこと当然なのに、どこかで期待していたのかもしれない。
おれ、今日、なんか、おかしい。



部室に入り鞄を下ろしTシャツを手に取っていると、
夜久さんが話しかけてくる。

「研磨のクラスに、女バレの子っているだろ。あの、ショートカットの子」

一発で、彼女のことだとわかった。
さっきまで一緒にいたからかもしれないけど、すぐに思い浮かぶなんてどうかしてる、と思いながら
表情には出さずに夜久さんと会話を続ける。

「…いますけど。彼女がどうかしたんですか」
「ああ、うちのクラスのバスケ部の奴、その子に告白したって言ってたんだよ」

夜久さんのクラスメイトなのか。
どんな人なのか気になるけど…

「…みたい、ですね。クラス中その話題で持ちきりでした」

おれの言葉を聞くと、夜久さんも、隣で話を聞いていたクロもぽかんとして固まっていた。

「お前、気にならないの?朝練の後、毎日あんなに、あの子と話してるのに」

クロがいつものニヤニヤ顔で尋ねてくるから、首を横に振った。

「研磨があんな風に女子と話すなんて珍しいもんな。
てっきり、両想いかもなんて思ってたよ。
少なくとも、どっちかが好意を寄せてるんじゃないかな、なんて」
「研磨にはああいう子がお似合いかもな」
「黒尾もそう思った?実は、俺も」

夜久さんの言葉で、おれと彼女が周りからどう思われていたかを知ったけど
だからといってどうこうしよう、という気は起きなかった。
人付き合いは面倒くさい。
したことないけど、恋愛は、きっともっと、面倒くさいに違いないから。

「研磨、お前は俺を裏切らないよな?な?」
「…おれ、女子とは必要なら話せるし、虎とは違うから」
「ぐぁぁ、そうか、そうだった…なんで話せるんだよ研磨ぁ!」

みんなが虎の反応に笑っている間、脳裏によぎる彼女のこと。
おれの知らない先輩のものになってしまったら、
もう毎朝のじゃれあいもなくなってしまうんだろうな。
ウザイとさえ思うこともあったのに、今思い出すと…ちょっと楽しかったかも。


遠くに、いかないでほしいと思った。


とっぷりと暗くなった夜道をクロと並んで帰る。
おれはずっと、夜久さんの言葉が耳に残っていて、彼女のことばかり考えて歩いていた。
クロはそんなおれを黙って見守っていたけれど、
家の近くの分かれ道に差し掛かった時に、足を止め口を開く。

「研磨。お前疲れるのヤダって言うけど、
誰かのために一喜一憂して疲れるって言うのも、なかなかいいもんだぜ」
「…クロ、彼女いるの?好きな人は?」
「いや、今はいないんだけどな」

妙に惹かれる一言を残して、クロの背中は夜道に消えていった。



翌日以降も、彼女は今までと変わりなく、毎朝おれに絡んできた。
こんなことしてていいの、と言いそうな気持ちを抑え、平静を装うのは
少しだけ息苦しくて、胸がちくちくした。

そして数日後、彼女があの3年生の告白を断っていたという話を
クラスメイトの雑談から知った。
へえ、と相槌を打っておいたけど、内心、ホッとしていた。

彼女は遠くに、いかなかった。


「おはよう!お、今日は背筋、伸びてるじゃん」

チョップでも拳でもなく、肩にぽんと置かれた手。

疲れてみようかな。
ぐったりするまで、追いかけてみようかな。
そう思わせてくれたのは間違いなく、目の前の君。

まずはこの新しく生まれた感情とうまく付き合う術を、手に入れなければ。
RPGの伝説の剣よりも、手に入れるのが難しいかもしれないけど。

おれは今、ゲームよりも胸が躍る世界を見つけようとしているのかもしれないな。

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