twitterであげていたおはなし。

□月を見る猫
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なぁ。なんで遠くの空ばかり見ているんだ。
こんなに近くにいるのに、気づいてもらえないなんて笑っちゃうよな。


彼女の様子がおかしいと気づいたのは、5月中旬。
部活にはいつも通り参加しているし、仕事だってきちんとこなしている。
俺らが休憩に入り喉を潤している中、彼女は座り込んで青空を眺めていた。
しかし、それも一度だけ、時々、というレベルではない。
毎日、暇さえあれば、しきりに空を気にしている。

「今日は雨、降らねーぞ」

天気が気になるのかと思って声を掛けたこともあったが
ううん、そうじゃないんだ、と苦笑いを見せるだけだった。



インターハイ予選、俺らはベスト8という成績で敗退した。
でも俺は決めていた。
春高まで残って、彼女を東京体育館に連れて行くって。
同じ都内で数十分の距離にあるにも関わらず、そこはなかなか手の届かない場所だった。

そんな折、5月に遠征した宮城で戦った烏野が、夏合宿に参加することを知った。
派手な飛び道具のない俺らに比べると、色んな攻撃を仕掛けてくる面白いチームだ。
ウチの選手もなんだかんだ仲良くなっていた。
真っ先に、あの主将の食えない笑顔と、最後に交わした握手を思い出す。
今年の夏は、楽しくなりそうだ。



夏の東京に降り立ったカラス達は、キョロキョロと周りを見渡す。
ただの鉄塔を目にするたび、あれは東京タワーなのか、と聞いてくるから、笑いをこらえるのが大変だった。
田舎者をバカにするなよ、悪い悪い、なんて言いあいながら一緒に並んで歩く。

烏野御一行を体育館に連れてきた時、俺は全てを悟った。

ドリンクボトルをいくつも抱えて移動していた彼女の歩みが止まる。
そして、空を見つめていたあの目は、黒い集団のある一人に向けて潤んでいたのだ。


蜂蜜色の頭。


烏野の、メガネ君だ。
5月に会った時は、試合後に二言三言交わしただけだったが
クールでイマドキの高校生って感じがした。
うちの研磨と、少しだけ似ている部分があるような気がした。

彼女はきっと、この時を待ち望んでいたのだ。
あの時一目見て恋に落ち、宮城まで続く空を眺めては彼に想いをはせたに違いない。
そして今、その彼が目の前にいるという、ドラマかマンガのような展開。


合宿に参加しているのは全部で5校。
だから一度ミニゲームが終わると次に対戦するまでは接する機会はない。
彼女は記録を一生懸命取りながらも、ちらっと隣のコートを見ていた。
メガネ君を、一秒でも多く目に焼き付けておきたいのだろう。
…なんていじらしく可愛いんだ。
その相手が俺ならばいいのに、と思いながらブロックを飛んだ。
全国で5本の指に入るスパイカーをドシャットしても、彼女の目に映るのは俺じゃない。
ネットの向こうで木兎が悔しがっていたが、悔しいのは俺の方だ。


全体練習が終わったら、自主練。
俺はブロック練習のため、とスパイカーの木兎につきあうことにした。
傍らには、ボール出しを手伝うと言ってくれた彼女もいる。
第三体育館の外に、人影が見えた。
…メガネ君だ。

足はすぐに彼の元に動き、気づいたら、ブロック飛ばない、と練習に誘っていた。
彼は嫌そうな顔を見せ断っていたが、ちょっと挑発してみたらノってくれた。
体育館に足を踏み入れたメガネ君を見て、彼女が固まる。
でも、間を置かずにぱっと表情が明るくなった。

この顔が、好きだ。
思い悩んでいる彼女もそれはそれで良いと思うけれど、
やっぱり笑っていてほしいから。

練習中、まだブロックに不安があるメガネ君に色々と指示を出し手助けをした。
覇気はないけれど、ハイ、と返事をし、すぐ実践しようとする。
中身はきっと、アツイんだろうなと思った。
そして、彼に教えることで、少しでいいから彼女の視界に俺が映りますようにと願った。


休憩しようぜと木兎に言われたから、床に座り込んでドリンクを一気に飲み干す。
メガネ君は体育館の入口に一人、背を向けて座っていた。

俺は彼女を手招きした。
不思議そうな顔をして駆け寄り、しゃがみこんだ彼女に耳打ちをする。


「今、一人でいるじゃん?チャンスだろ」


バッと飛びのいた彼女は、俺が全部お見通しだと気づいたのだろう。
こくりと頷き、ありがとうと囁いてから立ち上がる。
次の瞬間にはもう、入口に向かって走っていた。

声をかけられたメガネ君は特に表情も変えず、話に相づちを打っている。
何の話をしているかはわからないけれど、雰囲気は悪くなさそうだ。
彼女の頑張り次第、ってとこかな。



体育館の反対側の扉に向かって歩く。
開け放された扉から続く階段に腰掛け、空を見上げた。
今日は、月がきれいだ。

これでいいんだ。あとは、がんばれよ。

背中の向こうで動き出そうとしている恋に、心の中でエールを送った。

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