twitterであげていたおはなし。

□すべて、おみとおし
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自分ひとりの力ではどうにもできないことが、たくさんある。
その中でも一番、どうにかしたかったことを
わたしは目の前の、少し人相の悪い男に頼もうとしている。

昼休み、教室のすみっこ。
さっきおごってあげたジュースを飲みながら、奴はわたしが重い口を開くのを待っている。

「お願いがあるんだけど」
「なんだ?いきなり。それじゃあコレは買収ってことなのか?」

田中龍之介とは昨年から同じクラスだ。
口は少し悪いけど、人情味があって憎めない奴。
だからこそ、そんな田中に頼みたかった。
声のトーンを落とす。

「…4組の縁下くんって、彼女いたりする?」
「ハァ!?」

唐突にデカイ声を出す田中の口元を慌てて押さえ、周りの注目がそれるまで待った。
田中は目を見開いたままだ。
手を離すと、空気を読んでくれて、こそこそ声で話しだす。

「お前、それって…」
「誰にも言わないでよ。縁下くんのこと、気になってるんだ」


バレー部2年の5人組はよくうちのクラスでたむろしている。
縁下くんは一番落ち着いていて、騒がしい田中や西谷のストッパー的な感じ。
一度だけ、田中に用があってその輪に声をかけた時に、穏やかな微笑みを投げかけてくれた。

「いつも田中がお世話になってます」

その笑顔に、ヤラレてしまった。
照れ隠しで田中に、
あんたもこういう風にやわらかく笑いなよ、1年生に怖がられてたでしょ、なんて言ったら
そんなことないよ、眠そうって言われちゃうんだよね、なんて。
苦笑いもきれいな人だと思った。


わたしの頼みを快諾してくれた田中は、縁下くん達がクラスに来るたび、輪の中にわたしを招き入れてくれた。
他の3人も、男ばっかより女子が入ったほうが和むな、なんて言ってくれて。
たまに、縁下くんの隣にいることもできた。
田中は、ほら、行けよなんて小声でいつも促してくれたけど
毎度隣を陣取っていたら、それこそ気づかれてしまいそうで。


ある日、田中が帰りがけのわたしを呼び止めた。

「土曜日、うちの学校で練習試合やるんだよ。見に来ればいいじゃん」

教室で話す、制服姿の縁下くんしか見たことがなかったわたし。
ユニフォームに袖を通し、動く彼はどんなだろうか。

見たい。

田中の誘いをありがたく受けることにした。
土曜日までの数日間、教室で顔を合わせても縁下くんには試合の話をしなかった。
当日、声をかけて驚かせたいなって。


練習試合当日、体育館には思ったより多くのギャラリーがいた。
キャットウォークから下を覗き込むと、オレンジと濃紺のユニフォームがたくさん見える。
いるかな……いた!
6番を背負った彼が仲間と一緒にコーチの話を聞いている。
確か、バレーって6人でやるんだよね。
ってことは。番号が若い順から数えれば彼は6番目。
早く試合が始まらないかな、と期待に胸がふくらんだ。


審判の笛が鳴り、コートに立っている6人に目をやると。
1番、3番、5番…あれは田中だな。
2番と4番の人はどうしたんだろう?ケガかな?
あとは、9番、10番、11番……

6番が、いなかった。

少し身を乗り出してベンチメンバーに目をやると、2番の人と、色違いを着た4番の人。
なんだ、背番号は関係ないんだ。
そして、並んでいる6人の真ん中、彼がいた。
コートの中のメンバーに声援を送っている。

試合はうちの学校が勝った。
田中が上にいるわたしに気づいて、手を挙げる。
わたしも、それに応えて小さく手を振った。

「田中さんにも、試合に呼ぶほど仲の良い女子がいたんですね」
「月島…てめえ、このやろう!」

後輩と思われる男の子の頭をぐしゃぐしゃやろうと思っていた田中だけど、
相手の身長が高くて逃げられていた。
そんな光景に笑っていたら、バチリ。
縁下くんと目が合ってしまった。
いつもの微笑みだ。

わたしは下に降りて、縁下くんのところに向かった。
何て声をかけるのがいいかな、と迷ったけれど、とりあえずお決まりの一言を。

「おつかれさま」
「来てたんだね。田中が誘ったのかな?」
「あ、うん…」
「お疲れ、って言ってくれて嬉しいけど、残念ながら疲れるようなこと、できてなくて」

くやしさをにじませた苦笑い。
何て返すのが一番いいのかわからなかった。
縁下くんだって試合に出たかっただろうし。
次、頑張ってというのも、今頑張っていないみたいになっちゃうし…
それなら。

「次も、見に来ていい?コートに立つ縁下くんを見たいから」

我ながら大胆なことを言ってしまったと思う。
果たして、こんな言葉で彼が笑ってくれるのか。
でもそんな不安は、彼が吹き飛ばしてくれた。

「なんだ、せっかく自分から言おうと思ってたのに」

その言葉を皮切りに、ゆっくりと話しだした。

「見てわかる通り、俺はレギュラーじゃないんだよね。
1年にスゴイ奴がたくさん入ってさ。だから俺はベンチなんだ」

でもね、と言うと彼は凛とした表情でわたしを見つめた。

「試合の誘いを田中にしてもらったのは、
あえて、試合に出れていない自分を君に見てほしかったから。
これから強くなるためにね」

普通なら、自分が出るとわかっている試合を見に来てほしいと思うもの。
でも、試合に出る前の姿を含めて、わたしに見せようとしてくれてたんだ。
縁下くんの、すべてを。
心底強い人だなと思った。

「コートに立てる日を君に見てほしいから、そばにいてくれませんか」

もちろん、喜んで。と返事をして笑いあった。



試合の後片付けが全部終わり、制服に着替えた縁下くんと一緒に
同じく制服姿に戻った田中の元へ向かった。

「よかったな、縁下」
「え?それってわたしに言うことじゃないの」
「ちげーよ、縁下が俺に、お前のこと気になってるからとりもってほしいって。
縁下が俺に頭下げるなんて、よっぽどのことだろ?だから試合に誘ったんだよ」
「田中、やめろって!」

真っ赤な顔で田中を押さえにかかろうとする彼。
いつもの落ち着きが嘘みたいな、等身大の姿だ。

田中は、全部知っていたんだ。

「縁下もお前も、俺に感謝しろよ!」

そういうと、遠くで待っている西谷の元へ走っていった。

残されたわたしたちは、田中にもいい人見つかるといいね、って言いながら並んで歩き始めた。

これからはこうやって、同じ道をふたりで歩けるんだ。
白抜きの6番が、コートで躍動するその日を心待ちにしながら。

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