twitterであげていたおはなし。

□メールのハートマーク
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翌日登校すると、朝練がなかったのか既に教室に彼がいた。
仲間と談笑しているその輪を通り過ぎ、自分の席に行こうとすると
ドキリとする会話が耳に入ってきた。

「お前さ、メールでハートマーク使うのってどういう時?」
「まあ、男同士じゃ使わねえよな。ふざけて使うこともあるけど」
「じゃあさ、女の子に使うか?」
「彼女なら、使うかな」
「ってお前彼女いたのかよ!クソッ、裏切り者が…おい、堅治、お前は?」

仲間に意見を問われた彼の答えに、自分の席から耳を傾けた。

「俺も、大切な人にしか使わない」

体中の血液がぞわっと騒ぎ出す。
今、言ったよね。大切な人って。
ああ、なんでこんなにわたしは、手に汗をかいているんだろう。


放課後、部活に向かおうとしたら彼に呼び止められた。
今朝のことがあって、あまり顔を直視できない。
もちろん彼女に送るはずだったんじゃないかって考えもチラリとよぎったけれど
彼女が、いなかったらいいな。
そう思っている自分に気づいたから。

「なあ。昨日の…メールって届いてる?」

いきなり核心をつかれた。
無言でこくりと頷いたけど、彼も黙ったままだ。
人が、一人、また一人と減っていく教室の中、時が止まったような空気。
部活に遅れちゃうから、とりあえず何か話さないと。
そう思った時に彼の方から口を開いてくれた。

「あれさ、ちょっと手がすべっちゃって。気にしないで」

何、それ。
百歩譲っても、絵文字はいいよ。
選び間違えることだって、あるだろうしね。
でも確かに、「会いたい」って書いてたよね。
それはどういう意味なんですか。
…聞きたかったけど、聞けるわけない。

「…そっか。わたしは、大丈夫だよ」

何も大丈夫じゃないけど、無理矢理笑顔を作った。
さんざかき乱された心の中には今、落胆しか残っていない。
考えすぎ、思い上がりすぎだよ、わたし。バカみたい。

「じゃあ、部活いくから」

教室にはもうわたしたちしか残っていない。
泣きそうになったから鞄を手に教室を出ようとする。
扉の前まで来た時、後ろから飛んでくる声。

「待って。ごめん。俺、ウソついた」

何がウソだったのか考える間もなく、ガタンという机と椅子を押しのける音の後、
背後にのしかかる重み。
目線を少し左に流すと、きれいな茶色の髪がわたしの肩に乗っかっていた。
長い腕で固められて、身動きがとれない。

「ちょ…二口?」
「……すきなんだ」

耳元で言われ、ずしんと心に響く。
これは、告白ってことだよね。
じゃあ、わたしの勘違いは勘違いじゃなかったってこと…か?

「昨日のは、気持ちを探ろうと思って送ったんだ。
でも、返事なかったから…俺のことなんとも思ってなかったんだな、って」

そういうことですか…

「なんか恥ずかしくなって。送ったメールは取り消せないから、
さっき、間違えて送ったんだってごまかそうとした」

ふうとため息をもらしてから、肩に乗った頭に手を伸ばした。
サラサラの髪の毛をそっと撫でてみる。

「『会いたい』も、ハートマークも、本当の気持ちってことでいいのかな?」

撫でていた頭が縦にコクコクと動いた。
なんだよ二口。いつもの威勢の良さがウソみたいじゃないの。
こんなにしおらしくなっちゃってさ。
かわいいとこ、あるじゃん。

体に絡みつく腕をよいしょ、と外し、彼に向き直る。
大きな両手を自分の手で包み込んだ。
彼は、えっ、と小さくもらしてわたしを見つめる。

「はい。お互い部活があるからここまでね」

生徒に言い聞かせる先生のようにそう言って、手を離したわたしは先に教室を出た。
もう彼は追ってこないし何も言わない。

探ろうとして、ウソついたことへのささやかなお返し。
そしてこの後すぐ、ハートマークをつけてメールを送っておこう。
部活の前に見てもらえるように。
文は…『わたしもあいたいな♡ 』とか、どうだろう。
でも、返ってきたメールには返事してあげないんだ。

そして明日の朝、教室に飛び込んだら言ってあげる。

ハートマークの使い時、わたしも同じだよ、って。
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