twitterであげていたおはなし。

□何も知らない酸素泥棒
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部室棟が見える木陰に隠れること数時間。
そろそろかな、と何度も様子をうかがっていたら…
やっと見えた、縦に長い人影の集まり。
間違いなく男子バレー部だ。
飛び出して駆け寄ると、輪の中の彼は一瞬だけこちらを見て、そっと目を伏せた。

「岩ちゃん、待ってくれてた彼女にその態度、なくない?」
「俺らに見せつけるために、黙ってたワケ?」
「はいはい、お幸せに〜」

みんなに冷やかされても、照れるどころかムッとしてる。
わたしを置いて先にずんずん歩いて行ってしまったから、
みんなに、じゃあねお疲れ、と声をかけてすぐに彼を追いかけた。


怒ってる理由は明らかだ。
数歩先を歩く彼に、勝手に待ちぶせしてごめんね、と言うと
歩くスピードを落として並んでくれた。
でもまだ、冷たい視線は変わらない。

「俺がなんでこんな顔してるか、わかってないだろ?」

さっき、教室で、拒んだから?と思ってたことを言ってみた。
でも、彼の表情は余計暗くなってしまった。

「…やっぱり、わかってないんだな」

彼氏の気持ちをわかってあげられない彼女は、いらないって意味かな。
たった3ヶ月でわかれっていうのも酷じゃないの。
正直、全然一緒にいられてないし。
だったら、ずっと長い時間いるバレー部の仲間とつるんでいればいいじゃない。
足を止めて、そんなことを思っていた。

……うそ。
彼女として過ごした時間はまだ短くても、それまでずっと彼を見てきた。
この恋を、彼の隣を、手放したくない。

彼の言葉に応える前に、気づいたら泣いていた。
声をあげずに、静かに、重力に逆らうことなく流れる涙。

「わかってあげられなくてごめんね、でも、すきだから一緒にいたいよ。
だから、別れようなんて言わないで」

わたしのすがりつくような一言に、は?なんでそうなるんだ、と焦る彼。

「別れたいなんて誰が言った?言うわけねえだろ。
俺が…ちゃんと言えばいいだけの話だったな。
お前を泣かすほどのことじゃないのに。…悪かった」

言いたくなかったのに、ちきしょうとつぶやきながら、もそもそと話しだした。

「いつも、俺からだから。
お前から…その、キス…してくれたっていいじゃねえかと思ってた」

あれだけしてきたくせに、キス、という単語を口に出す時のためらい。
彼の純粋さを物語っている気がした。

「お前には、俺にキスしたい時ってないのかな、って不安でさ。
俺はこれだけしたいと思ってるけど、お前はどうなんだ、って確かめてみたくて。
でも、こんなやり方じゃ伝わるわけないよな」

キスするほど、不安になった彼。
キスされるほど、不安になったわたし。
結局、一番大切な『言葉』が足りなかったんだ。

そして不器用で照れ屋な彼なりに行動で示してたのに、
わたしはその精一杯のサインを見逃してたのか…

「ごめんね」
「謝るな、俺が恥ずかしいじゃねえか」

彼が視線を外し頭を掻いている。
…今が、チャンスだ。

鞄を放り投げ、勢いよく彼の首に腕を絡ませた。
よかった、今日は少し底の厚いローファーを履いている。
思い切り爪先立ちをして、標的に唇を重ねる。

目を瞑る瞬間、驚いた彼の表情が見えた。
もういい、と拒絶されるまで離れるつもりはなかった。
でも、腕も体も唇も、一向に引き剥がされる気配はない。
それどころか、たくましい腕が腰に絡みついてきた。

離すつもりはねえよ、ってことか。
それだけ、わたしがすきってことか。

誰もいない夜道とはいえ、さすがにこのままでいるわけにはいかない。
首に伸ばしていた腕はそのままに、手のひらで首と背中の境目あたりを軽く叩いた。
腰元の腕はほどかれ、お互いやっと自由になる。

「これで…わかってくれた?」

長い長いキスで若干酸欠状態。
ちょっと乱れた呼吸のまま彼に問う。

「おう…」

薄い闇の中、街灯にありありと映し出された赤面。
この数日のキス魔ぶりとは、まるで別人。
それくらい、無理してでもわたしに伝えようとしてくれてたんだな。
本当は恥ずかしくて照れくさかっただろうに。

「チューしてほしいな、の一言で済んだのにね」
「ばかやろう。男からそんなん、言いづらいだろうが」

帰り道の続き。
怒り口調の彼がぶらぶらさせた手は、わたしの左手を頻繁に掠める。
ほら、きっとこれも彼からのサイン。
今度は見逃さないよ。

自分から繋ぎにいく、一回り以上大きな手。
もう不安になんてさせないから。
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