twitterであげていたおはなし。

□大王様のご執心
1ページ/1ページ

「絶対だよ!」

さっきからこの男は、しつこい。
行くよ、って何度も答えたじゃない。

今週末、練習試合を組んでいるということを
先週の頭からことあるごとにアピールしてくる。

「見学自由だからね。わかってるよね?」
「誰も見に来なかったらやる気でないなぁー」

二番目のセリフを岩泉に拾われ、
見に来なくてもやるんだよクソ及川が、と鉄拳制裁を食らっていた。
それでも、めげない。

「来る、って言って!」

熱意に根負けしたわたしは、昨日になってやっと、行くよと答えた。
今日、念を押されるのはこれでもう三回目だ。
お前も大変だな、と岩泉に肩を叩かれる。

見に来る人がいないわけないでしょ。
認めたくないけど、この男には山ほどファンがいる。
恐らく、あれだけたくさんのバレー部員に1人ずつ分けても
彼の手元に何十人も残るくらいは。
それなのに、どうしてここまでわたしに詰め寄るのか。

彼女じゃないし、好きって言われたわけじゃない。
丁重な女の子扱いを受けたこともない。
ただの友達にどうしてこんなにも執着するのか。
謎は深まるばかりだ。

あ、もしかしてバレー部のかっこいい人でも紹介してくれるのかな。
…いや、あの男に限ってそういう気は利かない。

ぶっちゃけると、わたしは及川にしつこくされるのには辟易しているが
それによって岩泉から同情されたり、構ってもらえることはちょっと嬉しい。
少なくとも及川よりは岩泉の方がタイプだし、かっこいいなと思っている。
まぁ、つきあいたいとかじゃなくて、好印象なだけ、だけど。


土曜日、たくさんの選手と観客でうまった体育館。
試合前にも関わらず歓声が沸き起こる中、何とか場所を確保した。
どうやら何校か集まっているから、こんなに大盛況らしい。

バレーのルールはよくわからない。
わかるのは相手コートの中にボールを落とせば点が入る、ぐらい。
あとはとりあえず、及川と岩泉が動くのを見ていればいいかな。

試合は、わたしがぼんやりと眺めている間にあっけなく勝った。
隣にいた女の子達の話によると、うちは県の4強とのこと。
へー、やるじゃん。
うちの部強いよ、なんて言ってたのはハッタリなんかじゃなかったのね…
運動部がさかんなうちの学校は、全国大会に進む部や選手がたくさんいる。
だから全然気付かなかった。


試合を終え休憩に入った及川が、体育館の入口でわたしに声をかけた。
さっきの白地のユニフォームから、ミントグリーンのユニフォームに着替えている。

「ねえ、俺、どうだった?」

人が入り乱れるコートの中で、及川がどんな役割を担っているのか
正直全然わかっていなかった。
結構ボールに触っていたような印象は残っているけど。

「ボールにたくさん触れてたから、すごいんだね?」

わたしの頭の中には、サッカーのイメージがあった。
上手い人にはボールが集まるのかな、って。

「セッターなんだから、一番ボールに触れるのは当たり前だよ…」

肩を落としため息をついた及川。
そうだなぁ…それ以外に目についたことと言えば…

「あ、岩泉が打って、点を取ったってのはわかったよ」
「岩ちゃんはエースだからね」

エース…あ、なんかかっこいい響き。

「一番得点を取ってる、すごい人ってことか」
「得点決めるだけがバレーじゃないし。レシーブやトスも大事なんだよ。
てゆうか…俺もサービスエースで何点も、決めてるし!」
「…サービスエースって何?」
「そっからなの!?…サーブで点を決めることだよ!相手が取れなかったりとか」

ドシロウトのわたしに、ルールを必死で説明してくる及川がおかしくて、くすくす笑いながら聞いていた。
こいつ、本当にバレーが好きなんだな。

「ありがとう。なんとなくわかったかも」
「エッ、これだけ説明させておいて、なんとなく!?」

今のはちょっとひどすぎたかな。
罪ほろぼしに、次の試合はちゃんと見てみよう。
及川の説明してくれたことを思い出しながら。

「はいはい。次は、岩泉だけじゃなく及川のことも見ておいてあげるよ」

何だよ、もう!みたいな返しを期待していたのに
さっきまでの豊かな表情は、そこにはなかった。
びっくりするくらい静かな顔つきだ。
ゆっくりと口を開く。

「俺『も』じゃダメなんだよ」

いつもみたいなおどけた口調とは程遠い、低いつぶやき。
あっけにとられているわたしは、何も返せない。

「…オッケー。お前の世界を俺『だけ』にしてあげるから、ちゃんと見ておくんだよ。
こっちは惚れさせるつもりでやってるんだから、いい加減気づいてよね」

ぞくりとするような視線と強い言葉でわたしを刺して、次の試合に向かう彼。

わたしはもしかしたら、とんでもない男に気に入られてしまったのかもしれない。
…まあ、まずはこの後、ちゃんと及川『だけ』を見てあげよう。
そしたら、何かわたしの中で変わるのかもしれないね。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ