twitterであげていたおはなし。

□具合はいかがですか?
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もう夏はとっくに終わってて、制服も長袖に変わってるというのに。
周りが動いてるだけじゃない。
わたしが、立ち止まったままなんだ。


教室は窮屈だ。
全員が同じ方向を見て、同じものをノートに写していく。
同じ速度で。
センター試験まで3ヶ月を切り
まざまざと「受験」を目の前に突きつけられている今の状況。
そこについていけなくなったわたしは、こうやってぼんやりサボることを覚えた。

屋上に続く大階段の中腹で、さっき買ってきたジュースを飲みながら足を投げ出す。
あと数十分したらまた教室に戻らないと。
さすがに、休み時間も次の授業も連続でいないとなると
クラスメイトも先生も不審に思うだろうから。
もしバレて親を学校に呼び出されたりなんかしたら、面倒だし。

制服を着るのもあと半年ないんだな。
目線を下にやると、ねずみ色のスカートからのぞく膝小僧。
この格好は子供の象徴だ、と思う。
親に養ってもらってます、守ってもらってますという目印。
こんな服今すぐ脱ぎ捨てて、もっとカラフルで気分のあがる格好で生きていきたい。
そのためには、まずここを卒業しないといけないのだけれど…


「具合はいかがですか」

突然聞こえた声にびっくりして、ジュースが器官に入り激しくむせる。
階下に顔を見せたのは、クラスメイトのスガだった。

「おかしいなーと思ったんだよね。最近よく授業抜けるから。
保健室行くって言ったならせめて、保健室でサボりなよ」

そう言うと軽やかに階段を駆けあがり、わたしの隣に腰掛けた。

「そんなこと言って、自分だって今サボってるじゃん」
「まあ、たまにはいいべ。お前はちょっと回数多すぎ」

ノド渇いたから、それちょっとちょーだい、と言ってわたしの手からジュースを奪う。
ストローをくわえた口元に思わず見入ってしまった。

…間接キスって意識してないのかな。

ごちそーさま、といって戻されたジュース。
再びストローに口をつけるにはちょっと勇気がいる。
決して、イヤだからじゃないけど。


「スガ、部活まだやってるんでしょ。勉強する時間とかあるの?」
「何とかひねり出してるよ。部活を続けることを周りを納得してもらうためには、それぐらいやる」

受験に向かって前に進みつつ、みんながとうの昔に終わらせた部活にも精を出す。
進みながらも、止まっている。
そんなスガはわたしにとって不思議な存在だった。
前にも進めずに止まっているだけのわたしよりずっと、輝いていると思う。

「やっぱり出たいんだよね、春高。アイツらと」

どこの大学を狙ってるかは知らない。
恐らくスガの成績なら、普通に勉強すれば特段苦労はしないと思う。
でも、部活に割いている時間を考慮すると
勉強だけに集中している人に比べたら絶対不利になるのに。

「スガ…かっこいいね」
「え!?」

さっきまで淡々と語っていた静かな横顔が、火が付いたように赤くなる。
頭から水をかけたら、シューと音を立てそうなくらい。

「なんでそんな照れるの?みんなそうやって普通に褒めるでしょ?」
「や、だって…それは…」

しどろもどろになっている彼はめずらしい。
面白くなって、わざとずーっと見つめてたら、思いがけない一言。

「…お前は深い意味なく言ったんだろうけど。
スキなヤツにかっこいいって言われて、動揺せずになんていられない」

告白…されてしまったってことだよね、コレ。

どうしよう。
クラスメイトとしか思ってなかったし、何て返したらいいんだろう。
イイヤツだって思ってはいる。
仮にもしこの後、つきあおうという言葉が続くなら、うれしいと思う。
でも、あと半年後には卒業。
このタイミングでそういう仲になることに意味はあるんだろうか…

なんて、言われてもいない先を想像して黙ってしまったわたしに
赤みが治まってきたスガがそっと告げる。

「なんでここにお前がいるかわかったのか、言ってもいい?」

無言でこくりと頷いた。

「保健室に行ったら誰も寝てなかったから。
…学校中探し回ってた。俺は超能力者じゃないから、それしかなくて。
先生に見つかったらアウトだったし、ヒヤヒヤしたけど、なんか楽しかった」

へへっと笑った顔はいつも通りだった。
人目につかないようにキョロキョロしながら校内をうろついてたのかと思うと、なんだか微笑ましく思えた。
みんなの列から外れたこんなわたしを、想ってくれていたなんて。
コトリ、と自分の気持ちが彼に傾きかける音が聞こえた気がした。

「どうしても気持ち、伝えたかったから。
ふたりきりになれるチャンス全然ないしさ」

そう言うと立ち上がって階段をおりてゆく。
下の階に続く一番上の段に立った時、こちらを見上げた。

「返事、ずっと待ってていいかな」

透明感のある丸い瞳に小さくわたしが映っていた。
今すぐにその自分をもっと大きく映らせることだってできるのかもしれない。
でも、今は。
まっすぐに前を向いている彼の隣に立つのに、今のわたしはふさわしくない。
大人になりたいと思うくせに、逃げてて、かっこわるい。

受験、がんばってみようかな。
あわよくば、こっそり彼と同じところを受けたっていい。
この校舎に別れを告げる時
「春からもよろしくね」と合格通知を見せることができたら
今度は彼から「お前、かっこいいな」と言ってもらえるかな。


「…待たせててもいいの?」
「うん。俺の気持ちは春になったとしてもずっと変わらないから」

優しくも力強い一言を残して、階段を下りていった。


春になっても変わらない。
その言葉が、頑なに前進を拒み逃げていた背中を押してくれた。

制服を脱いだ次の季節、君が隣で微笑んでいてくれるように。
これからはちゃんと授業に出て、みんなと一緒に前に進もう。
教室の片隅に君の存在を感じられるなら、何だってやれるような気がしてる。

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