twitterであげていたおはなし。

□さらりと言わないで
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風が心地よい朝。
でも昨日よりちょっと神経がはりつめている。
だから、いつもより早い時間に来てしまった。

教室の扉を開けると、窓際の後方、黒い頭が机に伏していた。
昨日閉め忘れたのか、その人が開けたのかはわからないけれど
教室の窓は開いていて、そこから吹き込む風が黒髪をさらさらと撫でていた。

どう見ても、彼じゃないか。

朝練、なかったのかな。
朝弱いって言ってたのに、どうしてこんなに早く?
って言っても、今、寝てるのかもしれないけど…

起こさないように慎重に椅子を引き彼の前に座った。
教科書やノートを鞄から取り出し整理していると、半袖をくいっと引かれる感覚。
ゆっくり振り向くと、突っ伏して顔だけ上げた彼と目が合った。

「…お、おはよう」
「…おはよ」
「早いね。朝練ないんだ?っていうか、寝てたかと思ってたよ。
もしかして起こしちゃった?ごめんね!」

何か話さなきゃと思うあまり、早口でまくしたててしまった。
目の前の彼はそんなわたしを昨日と同じように見つめている。
この沈黙が、永遠に続いたらそれはそれで幸せだし、
でも何も動かないままなのはもどかしい。

「…なぁ。昨日の聞こえてなかった?」

昨日の、というのは例のアレ…ですよね。
口に出さなくても、きっと彼とわたしの思ってる「アレ」は一緒だ、と思った。

「聞こえてたよ、ちゃんと」
「ふーん……で?」

で?の一言でまた会話をわたしに投げてよこす。
投げ方わからないよ。
変な方向に投げてしまったら、今までの関係、ナシになっちゃうのかもしれないし。
これだけ臆病になるのも、やっぱり君がすきだからなんだ。

「…どういう意味で言ったの?」
「…そのまんまの意味だけど。それ以外になんかあんの?」

ああ。またすぐに返ってきてしまった…
「すき」の対象物を聞きたいんだよ。
もう、単刀直入に言ってみてもいいだろうか。
ごくりとつばを飲み込んで、思い切る。

「わたしのこと?」

今度はすぐに返事は返ってこなかった。
その代わりにささやかなため息が聞こえる。
やばい、勘違いだったのかな、という思いがよぎる。
表情を変えずに、彼は言った。

「…お前以外に、誰がいる?」

よかった。
うぬぼれではなかった。
心地よい関係が、壊れずに済んだ。
安心感が、ガチガチにこわばっていた肩から力を抜いていく。

「わたしを、すきなの?国見くんが?」
「だから、そうだって」
「あまりにも何でもなく言うからわかんないよ。
教室でみんなもいる中だったし、照れたり恥ずかしそうにしてるわけじゃなかったし…」

そう反論すると、

「お前はどうなの。俺にばっか確認するけど…」

そうだね、わたしも伝えないと。
ちゃんと言うよ。

「…わたしも、国見くんが、すき。ずっとすきでした」

言い終えると胸の中がスッと晴れていった。
言えた満足感で、彼の反応を待たずに笑顔になるわたし。
すると体勢は変えないまま、彼は長い腕をわたしの頭に伸ばす。
「もうちょい、かがんで」そう言われたから、頭を彼よりほんの少し上あたりの位置までぐっと下げた。
髪をなで始めた手に、全神経が集中してる。

あたたかな気持ちに包まれ浮かれていたら、
その神経の集まる先が、次の瞬間にはくちびるに変わった。
後頭部を支える手も、彼のくちびるも、熱を持っている。

少しだけ離れて、でも息のかかる至近距離で。
しっかりと目をそらさずに。

「お前が、すき。」

だから、そんなふうにサラリと言わないでよ。
聞き逃してしまいそうなくらい、空気に馴染むその言葉に敏感に反応してしまう自分。

これから教室の人口が増えていくのに、
みっともないくらい染めあげられてしまった。

「ちょっと、顔冷ましてくる…」

そう言って立ち上がろうとしたら、掴まれたのは半袖から突き出た腕。

「行くなよ。せっかくふたりきりなんだから、さ。
お前いつも一番乗りしてるの知ってたよ。だから、無理して早起きしたんだ。
…もうちょっと、このままここにいてよ」

わたしが上げかけた腰を椅子に落ち着けたのを見て、
意地悪な笑顔でつぶやく。

「…みんなが来る前にもう一回、する?」
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