twitterであげていたおはなし。

□おやすみ、と言いたくて
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その声はよくわたしの耳に届く。
というか、わたしが無意識に拾ってしまっているんだ。
でも、その声の先にはいつも、わたしではない他の誰かがいる。

大体は、この呼びかけから一日が始まるんだ。

「なぁ、夜久」

毎朝、朝練が終わり教室の自分の席に着くと
鞄を置くやいなや、わたしの隣の席にやってくる彼。

隣の夜久くんは、短い前髪によってあらわになっている眉をひそめる。

「…嫌な予感しかしないんだけど」
「アラ、察しのいいことで」

このやりとりを聞くのが楽しくて、
例え1限の宿題をやり忘れてピンチの時も、思わず手が止まってしまう。

「明日までになってる、数学の」
「自分でやろうな。主将がそんなんでどうする」

言い終える前に先を読み、ビシッと遮る夜久くん。
あれ、夜久くんって副主将でもないって言ってたよな…
どっちが主将なんだかわからないような関係。

「今回だけ、な?」
「お前の”今回だけ”、何十回も聞いてるぞ」
「俺、今度こそ当たりそうなんだって、マジで」
「…」
「成績落ちて部活出れなくなったらまずいじゃん?主将だし」
「…」
「次からちゃんとやる。だから…」
「…わかったよ、ほら」

彼の粘り勝ち。
面倒見が良い夜久くんだから、いつも最後はこうなる。
戦利品のノートを手に席に戻る彼を見ていたら、夜久くんに話しかけられた。

「毎朝うるさくてごめんね。
でも、あれでも部活や試合になるとちゃーんと主将なんだから、まいっちゃうよな」

…うん。知ってる。


あれは体育の授業。
女子がバスケ、男子はバレーだった時だ。
体育館を横切るネットを挟んだ向こう側。
彼が高く跳んで、相手のスパイクを鮮やかにブロックしているのを見た。
サッカー部相手にガチになんなよ、と文句を言われていたけど
不敵な笑みを浮かべるのを見て、ゾクリとした。
なんて、かっこいいんだろうと。
きっと部活でもそうなんだろうなって思ってる。
…思ってる、だけだけど。

それから彼を目で追うようになった。
一言も交わしたことはないけど、誰かと話している声を聞けるだけで
時折見せる笑顔が、教室の一角にあるだけで幸せな気分になる。
だから席替えで夜久くんの隣になれた時、すごくうれしかった。
同じバレー部で仲もいいし、
あの声や笑顔を少しは近くに感じられるのかなって。
実際、感じることはできても、直接触れ合うことはできていないんだけどね。


いつもはすんなり終わる委員会のミーティングが、今日は思ったより長引いた。
先生の話は長いし、なかなか意見が出なかったりで一苦労。
急いで教室に戻ると、真っ暗な教室にひとつの影がうごめいていた。
一瞬ドキッとしたけど、目が慣れてくると違う意味でのドキドキに変わった。

「黒尾くん…だよね?」

初めて呼ぶ彼の名前。
本当はずっと、呼びたくてたまらなかった。
なぜこのタイミングですんなりと呼べたんだろうか。
…暗闇がうまいこと、わたしの火照る顔を隠してくれているからかな。

「ああ。びっくりしたか?悪いな。ちょっと探し物してて…」
「電気つけたらいいのに」
「蛍光灯切れたっぽくて外されてんだよ」
「あ、帰りのホームルームの時に何本かチカチカしてたもんね。先生が外したのかな」
「だからって全部外すかよ、まったく」
「この後、作業するのかもね。あそこ、脚立置きっぱなしだから」

初めての会話はびっくりするくらいぽんぽんと続いた。
今まで見つめていただけの時間を悔やんだ。
もっと早く動いていればよかったかも。

「…あった」
「よかったね。何探してたの?」
「夜久のノート。明日までになってる宿題写させてもらったんだけど
あいつ、今日家で予習に使うから返せ、ってさ」
「夜久くん真面目だね」

思ったままのことを言ったつもりだったけど、
彼がニヤニヤしながら尋ねてきた。

「何、俺はいつも不真面目って言いたいワケ?」
「!違うよ、そういう意味じゃなくて…バレーは頑張ってるんでしょ?」

そんなわたしの精一杯の返しにも、

「バレー『は』ね」
「ごめん、違う、そんなつもりじゃ…」

どんどん墓穴を掘ってる気がする。
何をやってるんだわたしは…
頭を抱えて慌てふためいていたら、クックッと聞こえる笑い声。

「ウソウソ。からかって悪いな。
お前がそんな嫌味なんて言えるヤツじゃないって、わかってるから」

視界に入っているかさえ怪しいと思ってたのに
わたしというちっぽけな存在を彼が認識してくれていたなんて…
クラスメイトだから当たり前だなんて思わない。
何十人もいる教室の中、そして何百人もいる学校の中だよ。
それって、かなりすごいこと。

「さて、夜久んとこ行くか」

ノートを片手に鞄を背負った彼が、教室の扉のところまで行くと立ち止まった。

「いかねえの?」

それは、彼は無意識でやってるんだろうけど
わたしにはとんでもなくうれしい「一緒に」の意味。
鞄を手に駆け寄って、廊下を歩く彼の後ろにそっとついていった。
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