twitterであげていたおはなし。

□リエーフの臨時の先生になるお話。
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先生になって5日目。
今日は、部活後に30分だけいいかな、と言われたので、バレー部が終わるまで教室で待つことになった。
この時間帯の授業は初めてだ。
彼に出す問題を考えたり、どういう解説をしようか練習してみたり。
そういった時間も全然苦ではなかった。

「お待たせ!」

8時ちょっと前、現れた彼は制服姿で、顔はほんのり上気している。
追試まではとりあえず部活は参加してもいいらしい。
結果次第では参加禁止というのも、学校のルールと言う訳ではなく
バレーに夢中で落ちこぼれるのはダメだという3年生の愛のムチ、だと彼は話していた。
追試験のために勉強に集中する人もいるけど、俺はバレーやりながら頑張るって決めたから、と。

わたしの出す問題を一生懸命考え、解説を聞けば感嘆の声を上げてくれる。
なんとも鍛えがいのある生徒だな、と思った。

「ゴメン。本当は早く帰れるのに、俺のせいでこんなに遅くまで」
「人に教えるのも自分の復習になるから、いいよ」

8時半をまわったので授業を切り上げる。
「一緒に帰ろう」そう言われたので、うん、と返事をして彼の後についていった。


結構な暗さだったけど街灯もあるし、帰るには問題ない。
それでも彼は、つきあわせてしまったお礼、と
わたしを家まで送り届けると言って聞かなかった。
ちょっとだけの強引さが、胸の奥をくすぐる。

明後日には追試がある。
それが終われば、先生の役目も終わるんだ。
わたしと彼を繋ぐものは、なくなる。
顔見知りにはなったけど、会うことは格段に減るんだな…
そう考えると口数は減り、うつむきがちになる。

「先生、どうしたの?」

その呼び方も、明後日までのもの。
それから先は、もしかしたら呼びかけてももらえないかもしれない。
彼が遠い存在になってしまうのが、怖い。

立ち止まったわたしを、ふんわりと包む大きな体。
初めて彼に触れた、そして、触れられた瞬間だった。
彼の胸の中心にいる自分。
それだけでも、嘘みたいって思っていたのに。

長い体躯を更に折り曲げ、彼の唇がそっと頬をかすめた。
少しだけ熱を持ったやわらかい塊は
わたしをかき乱すのには十分すぎるくらいの力を持っていた。

「…ゴメン」

それだけ言うと彼は体を離し、今来た道を引き返していった。
抱きしめられ、頬にだけどキスされたという衝撃。
そして、逆方向なのに家まで送ろうとしてくれていた優しさに更に揺さぶられ、完全に自覚した。
たった数日で、わたしはこんなにも彼を好きになっていたんだ。

そして翌日。
昨日の今日なのに、彼は至って普通、であった。
こちらが拍子抜けしてしまうくらいに。
昼休みに来た時は、思わずジュースを噴き出しそうになったけど
昨日のことには触れずに、いつも通りの授業をした。
追試当日も彼の態度は全く変わらなくて、
休み時間にやった最後の授業はあっけなく終わっていった。
午後、彼は運命の追試験を受けた。


明くる日、結果を気にしつつ過ごしているわたしを呼ぶ、大きな声。
答案用紙を振りかざし、満面の笑みで廊下を駆け抜けてきた彼。

「追試、合格!なんと80点も取れたよ」

よかったね、と口では言うけれど
これが最後の会話になってしまうのかな、と思うとキリキリと胸が痛んだ。

「今日で先生は終わりだね」

なんで自分から言っちゃうかな。
口にすると余計寂しさがこみ上げる。
でもそれを一気に拭ってくれたのは、他でもない彼の言葉。

「100点取れるまで、先生やってよ」

なんと無謀な目標だろう。

「100点って…3年かけても無理かもしれないよ」
「やってみせる!だから、100点取れるまでずっと俺のこと、一番そばで見ててほしい」

彼の役に立てるんだ。
これからもいっぱい話せるんだ。

「…先生じゃなくて、彼女としてだけど」


昨日のこと、冗談やからかいじゃなかったんだ。
ホッとしつつも返事ができないでいると、予鈴の音がふたりの間を裂く。
鳴り続けるチャイムの中、戻るのが惜しそうな表情の彼。
仕方ない、といった様子で一歩を踏み出すと

「返事、放課後聞きに来るから!
あと、これからは先生、じゃなくて名前で呼ぶ!」


それだけ言い残して駆けていく彼の背中に
届くかわからないぐらいの声で告げる。

「昨日の、うれしかったよ」

振り返り、こちらに手を振る。
果たして聞こえていたのか、偶然振り返っただけなのか。
真偽は放課後、確かめてみよう。

早く終われ、午後の授業とホームルーム。
そしたら真っ先に教室を飛び出して、彼のところに行くんだ。

いつも、きっかけは君からだった。
今日、あの笑顔にわたしから会いにいくよ。
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