twitterであげていたおはなし。2

□天国は救われる場所だと思っていた
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人生でもう十数回と繰り返してきたこのイベント。
自分の運が試される、緊張の一瞬だ。

手にした紙には「21」
40人クラスなので7人が5列と、廊下側だけ5人の1列。
よってわたしの新しい席は真ん中の列の一番後ろだ。
先生の目を盗んで内職だってできるし、悪くない位置なのかもしれない。
でも…問題は隣に誰が来るか、だと思う。

わたしは正直、男子、特に賑やかで派手なタイプが苦手だ。
さっきまでの席は運悪くサッカー部に囲まれてしまっていたため、とても居心地が悪かった。
席を外している間に他のサッカー部員がわたしの席に座っていたりして、
「どいて」なんて絶対に言えないから、授業が始まる直前まで
じっと教室の後ろの壁に寄りかかり、席が空くのを待った。
自分の席なのに。

それぞれが自分の机をガタガタと移動させ、教室中が活気づく。
わたしは真っ先に隣を確認した。
左隣は、茶道部の女の子。
そして右に目をやると…男子だった。
バレー部の東峰だ。
見た目が大学生だの社会人だのとよくいじられてるが、悪い奴ではない。
むしろ男子の中では静かな方だろう。
今回は当たりだったみたい。

東峰は至って普通の男だった。
話しかけられれば誰とでも言葉を交わすし、授業も真面目に受けている。
見た目のインパクトが強すぎて、今まで話すことはなかったけれど
この人なら、少しは話せるかもなって思った。
でも、思うだけで実際は何も行動は起こせなかった。
何話したらいいか、わかんないし。


席替えから数日後。
昼休み、職員室から戻ってきたらわたしの席に座る人がいた。
色素が薄めの髪の男子。
そして東峰の席の前にも短髪の男子がいて、東峰を含め3人でおしゃべりしていた。
教室の後ろの扉でその光景を見て、足が止まる。
それなら図書室にでも、なんて思ってたら短髪くんと目が合ってしまった。

「あ、もしかしてここ、君の席だった?」

よかった、サッカー部よりずっと感じがいい爽やかな人だ。
ホッとしたのも束の間、東峰が口を開く。

「違う違う、俺の隣の席の子」
「えっ、じゃあ俺のとこじゃん?ごめんね!」

色素薄めくんが慌てて立ち上がるから、使ってていいよ、と告げた。
初対面の男子に対して、こんなにさらっと言葉が出た自分が不思議だった。

聞けば、3人は同じバレー部だと言う。
短髪の澤村くんと、色素薄めの菅原くん。
2人とも4組だというから、わたしが知らないのも当然か。

「ひげちょこの隣にいると、女子は余計小さく可愛らしく見えるよな」
「あはは、それは言えてる」
「ちょっと…大地もスガも…」

おろおろしているけど、クラスの誰といるよりもリラックスしているように見える。
信頼し合っている仲間、という感じがひしひしと伝わる彼らの会話。
男子でも、こういう人達なら平気だ。むしろ、好感が持てる。


これがきっかけとなり、普段から東峰が話しかけてくることが多くなった。
とは言っても休み時間や授業中の一瞬だけれども。
続けて何往復も会話をするのは、わたしにはまだ高等技術過ぎる。
だから、ほんの一往復の

「おはよう。天気いいな」
「そうだね」

これだけで心は十分あったまるし気が楽になった。
そしてこのウォーミングアップを続けていくうちに、
会話の往復が苦でなくなり、自分から挨拶も自然にできるようになった。
相手が…東峰だったからだと思う。


話すのは苦手なくせに、恋心の芽生えには敏感な自分。
気を抜くと、授業中でも視線が横に流れる。
一度、そのままずっと見つめてしまっていた時に目があった。
口パクで(どうしたの)と言われ、ハッとして目をそらした。
板書を写すふりをしてノートにシャーペンを走らせるけど、
頭の中は、気持ちがバレてないかどうかという不安が、ぎゅうぎゅうにつまっていた。

席替えしたあの日は天国だ、救われた、と思っていたこの席。
今ではぐつぐつと煮えたぎる灼熱の地獄だ。
心臓はバクバク言うし、手汗が止まらない。
自分の一挙手一投足が見られているのではと思うと、迂闊に動けないし話せない。
近くにいられる喜びよりも、変なところを見られやしないかという恐怖にさいなまれる。
全然、心が休まらない。


日はめぐり、次の席替えとなった。
うれしいような、ホッとするような複雑な気持ちでくじ引きの順番を待っていた。
東峰がひとりごとのようにぼそりとつぶやく。

「俺は席替え、しなくてもいいんだけどな。ここ、居心地いいから」
「一番後ろだもんね」
「違うよ」

きん、と固まる空気。
いつもの穏やかな口調よりも少しだけ、重い一言だった。
ここは、「何で?」と聞く場面だろう。
でも、その先にわたしがハッピーになる答えがあるとは限らないから口をつぐむ。
前の席の子が教壇の前でくじを引いている。
いよいよ次か。
席を立ち椅子を収めた瞬間、かすかだけど聞こえた。

「お前の隣だからだよ」

立ったまま、足が縫い付けられたかのように動かない。
どうにか平常心を保ちながら、彼の顔色をうかがうと…
頭をかきながら、目線を少しずらしてこう言った。

「次、どこの席になっても…話しかけにいっても、迷惑じゃない?」

胸がいっぱいになると、人間は声を出すのも無理なんだと知った。
大きく頷いた後、前を向くと教壇で先生が手招きしている。
前の席の子はとっくに戻ってきていた。
駆け足で前に進み、そして箱に手を突っ込むとくじを掴んでそそくさと席に戻った。


この紙に書いてある番号がなんだって構わない。
さっきの言葉のお返しに、新しい席になったらわたしから声、かけてみようかな。
教室のどの場所にいたって、君への気持ちは変わらない。

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