twitterであげていたおはなし。2

□隣の空席
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木兎家に来たのはいつぶりだろうか。
高校に入ってから木兎は部活に精を出していて遊ぶヒマもなかったし、多分中学校の時が最後かな。

「おばちゃん、お久しぶりです。光太郎、大丈夫ですか?」

インターホンの向こうで、あらまあ、と聞こえた次の瞬間、ドアが開いた。
おばちゃんは昔と変わらない笑顔で迎えてくれる。
すっかり女の子らしくなっちゃってねえ、と目を細め、上がるよう促してくれる。

「光太郎、上で寝てるから」

プリント類と後輩くんからの預かり物を渡して帰ろうと思っていたけれど、
久しぶりに訪れた木兎家なので、ちょっとだけお邪魔することにした。
階段をとんとんと小気味よく上がって、奥の部屋をノックする。
返事はないけど、病人にそんなに元気に返事をされてもなあ、と思いなおしてドアをかちゃりと開けた。

こんもりと大きく膨らんだベッドからのぞく銀髪。
布団が上下に小さく揺れているから、どうやらぐっすり寝ているみたいだ。
起こさないようにそっと近づき、ベッドの真横に静かに腰を下ろした。
偶然にも顔がこちらを向いている。
いつもの重力に逆らった髪型と違い、おでこにかかる前髪が幼く見せる顔。

なんて悠長に眺めていたら、うんうん唸りだしてとても苦しそう。
おでこに貼られた冷却シートが剥がれかけていた。
キョロキョロ見渡すとテーブルの上に箱があったので、新しいシートを手に取る。
おでこからシートを剥がし新しいものに替えてあげると、唸りが一瞬止まった。
そして、ゆっくりと開く目がわたしを捉えた。

「え…なんで…?」

状況がわかっていないらしく、ぼんやりした目のままずっとこちらを見ている。
あんまりしゃべらせるのもよくないから、とさくっと説明してあげた。

「お見舞い。後輩の副主将くんがね、行ってあげてください、って。
あとプリント類がたまってたから持ってきたよ。
あんた机もっとキレイにしなよね。ちょっとだけ整理しておいたから」

後輩くんがくれたゼリーのパックとルーズリーフを目の前で振って見せると、弱々しく笑った。
布団から手を出して受け取り、カサカサと紙を広げ出す。
しばらくして、読み終わったであろう紙をのろのろとした手つきでたたむと
今度はゼリーを飲もうとしてる。
いつもならたやすく開けてしまうんだろうけど、風邪の威力は相当らしい。
小さなフタさえ思うように開けられないほど、ぐったりしていた。

「貸して、開けたげる」

見かねて差し出したわたしの手。
乗るはずだったゼリーのパックは床に落ちて、代わりに大きな手がそこにあった。
微弱な力できゅっと握ってくる。

ああ、こんな風に触られたのなんていつぶりだろう。
もしかしたら小学生とか?なんて思ってたら、急にカッカと体中が熱くなった気がした。
この短時間で、熱が移ったとか?まさか…

「あー…手も熱いね。ゆっくり休みなよ。わたし、そろそろ帰るから」

変なタイミングになってしまったけど、長居は彼にも悪い。
手を布団の中に戻そうとしたのに、掴む力がさっきよりも増していて離してくれない。

「ちょっと、こんだけ力出せるなら元気じゃん。
さっきのフタも、自分で開けられるんじゃないの?」

冗談めかして言ってみたら、ほんのり赤い真顔のまま彼がつぶやく。

「もうちょっと、隣にいて」

人間、体力が落ちて弱っている時は人恋しくなるものだ。
普段あんだけ大勢の前で騒いだり、部活仲間に囲まれているからこそ
例え自室とはいえ、ひとりきりが相当こたえるんだろうなと思った。

おばちゃん呼ぼうか、と冗談めかして言うと

「…お前がいいの。落ち着くから」
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