twitterであげていたおはなし。2

□失恋を振り返るスガさんのお話。
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別れへのカウントダウンがこの瞬間始まった。
きっと置いた距離は二度と縮まらないって、本能で感じ取っていたのかもしれない。
でも首を横に振る元気もなかった。
”別れよう”ではないだけ、マシだと思うことにしよう。
この先にある長い冬を越えたら、もしかしたら一緒に笑い合えるかもしれないという望みを
その時の俺はまだ捨てきれずにいた。

翌日からの彼女は、至って何も変わらない素振りだった。
クラスの連中も、多分俺らがこんなことになってるなんて気づかないぐらいに。
でも、俺にはわかる。
俺に接さないようにするりと視線から逃げていること。
結局何ヶ月も逃げられるうちに、ついには電話もメールもしなくなった。
したかったけど、追えば追うほど彼女が遠ざかっていくのが目に見えたから。
くやしいかな、自然消滅の完成だ。



春高の一次予選を無事勝ち上がった直後に与えられた休日。
あの夏の日、この薄暗い館内にそびえ立つ大きな水槽を眺めていた。
彼女と、ふたりで。

極彩色の魚がゆらゆらと泳ぎ回る姿を見ては感嘆の声をあげる。
ねえ見て、と指さした先には二匹並んで泳ぐ魚がいた。
仲いいね、カップルかな、なんてはしゃぐ姿。
普段はキリッとしていてクラスでもしっかり者、という位置づけの彼女が
俺の前でだけ見せてくれた、あどけなさ。
愛しさで胸がいっぱいになった。
人の気配がなくなったのを確認して、ねえ、と呼びかけてこっそりとキスをした時
ちょっと、なんて頬を軽く膨らませて怒られたけど、もう一度求めたら
俺のシャツの裾を控えめに掴んで、体を寄せてくれたっけ。
その空間には幸せしか詰まっていなかった。
数週間後、この関係が曇り始めて最後にはなくなってしまうなんてこと、誰が思っただろう。


その場所がもうすぐ取り壊されると聞いて、いてもたってもいられなくなった。
だから今日、ここにいる。
たった、ひとりで。

思い出の海に沈んで、まるで酸素を求めるように
彼女との記憶を求め、あがく。
必死で吸い込んで、自分の中にめいっぱい取り込んでいるんだ。

体育館の裏、ずっと待ってたから凍えそうになってた小さな手。
桜の花びらの中、ふわりと微笑む姿。
日差しに目を細め風にそよがせた髪の間から見えた、白い首筋。
夕陽に染められた田舎道で、立ち止まって重ねた唇。

全部昨日のことのように鮮明に覚えている、今でも。
18のガキがこんなこと言ったら大人に笑われるかもな。
でも、言わせてほしい。

誰よりも深く、愛してた。

彼女は正しい。
将来を確約されてもいない子供の俺ら。
一時の感情だけで同じ場所に身を寄せるのは、短絡的すぎる。
冷静になった頭でそう考え直した時にはもう、隣には彼女はいなかった。

つがいの魚を見ているだけで妬けてきて、彼女の横顔を思い出してしまう。
いつまでも引きずったらいけないんだ。でも・・・
全身に彼女との思い出を詰め込んで、ようやく水槽から離れた。



水族館を出ると、遠目にぽつんと立っている影。
もしかして。
最後の望みを胸に影に近づく。
長い髪に隠れてはっきりしていなかった表情が…見えた。

………ただの人違いか。
バカみたいだな、期待なんかしちゃってさ。


…ダメだ。やっぱり俺の心の中心にはお前がいる。
女々しい男だって笑われるだろうけど、構わない。
卒業式の日、結局聞けなかったな、お前がどこの大学に決まったかを。
もしかしたらまだ戦ってるのかもしれない。
けどお前ならきっと、一番行きたい場所を掴めるだろう。

神様、彼女にとびきりの笑顔をプレゼントしてやってください。

…決めた。
お前が世界中のどこへ飛び出しても、会いにいく。
同じ世界で俺らが息づいている間はチャンスがある。
そう思うくらいは自由だろ。

いつか、もう一度振り向かせてみせる。
それまで、隣は空けておいてくれないか。
勝手だけど、心の中で強く願う。

誰のものにも、ならないで。
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