twitterであげていたおはなし。2

□孫娘、恋をする。
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部活が終わって帰っている途中におじいちゃんにさりげなく
あの巨人のことを聞いてみた。
”りえーふ”というのはあだ名かなと思っていたら、本当の名前だった。

「あいつは1年生でな、ロシアとのハーフなんだと。
リエーフっていうのはロシア語で”ライオン”という意味らしいぞ」
「ふーん…ハーフ、すごいね」

名前とあのスパイク、そして最後に見せてくれた笑顔。
どれも印象的すぎて忘れられなかった。

その後もわたしは、受験勉強もそこそこに音駒に顔を出すようになった。
最初こそ大人しく見ているだけだったけれど、
転がってきたボールを返してあげたり、拍手や声援を送るように。
土曜日の午後は特別な時間。
一人っ子のわたしにまるでたくさんの兄ができたみたい。

でも、”兄”というカテゴリーでくくりたくない人もいる。
それがリエーフくんだった。
小さい先輩の目を盗んではわたしの手を引き、休憩時間の練習につきあわせる。
一生懸命なリエーフくんはかっこよかったし、トスを褒められるのもうれしかった。
だから…いつのまにか好きになっていた。
気づいたのは、秋が終わって冬が始まった頃。
彼はきっと…わたしの視線が恋心を含んだものじゃなくて、
トスのタイミングを合わせるためだって思っている。


盆栽いじりをしているおじいちゃんに、クリスマスって部活あるの?と聞いてみた。

「多分お前と同じで学校は20日から休暇だな。
まあ…クリスマスと正月だし、ちょっとぐらいはあいつらも休ませてやらんとな」

そっか、部活ないのか…
そんなわたしの心に秘めた落胆が、もしかしたらおじいちゃんには伝わったのかな。

「まあ自主練ぐらいにしておくか。やりたくて仕方ない奴らもいるだろうし」

自主練。
その響きに心が弾む。
きっと彼は、リエーフくんは来るんじゃないかなっていう期待しかなかった。


クリスマスイブの日、午後そっと家を抜け出して初めて音駒に一人で出向いた。
バッグの中には、渡そうと決めて買ったプレゼント。
体育館の扉に耳をくっつけると、
ボールが壁や床にぶつかった音、シューズが床をキュッと擦る音が聞こえる。

どうか、あの人がいますように…

願いを込めてゆっくりと押した扉の向こう。
顔を上げたら…どうやら神様はわたしに微笑んでくれたみたい。


広い体育館の中だと、大きい彼でも小さく見えた。
たった一人、壁に向かってボールを打ちつけている姿。
わたしが扉を閉めた時のギギッという音に反応してこちらを見た。

「おう、お前か。…監督は?」

横にぶんぶんと首を振って、靴下を履いた足を滑らせながら小走りで近寄る。

「リエーフくんは、一人…?」
「うん。さっきまで黒尾さんと研磨さんいたんだけど、帰った。
って言っても研磨さんはそこに座ってゲームしてたんだけどさ。
午前中は結構みんな来てて賑やかだった。お前も午前中にくればよかったのに」

絶好のチャンス。
この時間に来れて本当にツイてる。
受験のために運を残しておかないといけないのに、大丈夫だろうか。

「な、いつもみたいにトスあげてよ。ゆるーいのでいいからさ」

もう何度も上げたトス。
彼が望むなら、仰せのままに。
バッグを置いて代わりにボールを掴む。

「レシーブは昨日死ぬほどやったからさ、やっぱりスパイクしたくって」

そう言いながら、バシバシと鞭のように腕を振り下ろしてスパイクを決めていく。
かっこよくて見とれそうになるのを我慢して、カゴの中のボールが空になるまで練習を続けた。
散らばったボールを拾い集めていると、「休憩しよ」と言われ二人で座り込む。

今しかない。

ドリンクボトルを傾けて喉を潤している彼に、差し出す箱。

「ど、どうぞ…」
「えっ何、もしかしてクリスマスプレゼントか!?」
「うん…」
「開けていい?開けるぞ!」

勢いよく包装紙を破って、中から現れたのは緑色のマフラー。
彼の瞳よりも少し濃い緑色。
早速首に巻いた彼は満面の笑みを見せてくれた。

「なんかさ、ジャージが赤だから、クリスマスっぽい!」

素直な感想にぷっと吹き出すと、笑ったな、と頭をがしっと掴まれた。
大きい手に包まれるのは、くすぐったくて、ちょっと緊張するけど…幸せ。

「ありがとう。でも俺、何もあげられるものないや」

その時、彼のスポーツバッグの外に無造作にさしてあるペンが目にとまった。
…ダメかもしれないけど、言うだけ言ってみよう。

「あのペン、代わりにもらっていい…?」
「あんなのでいいのか?お前謙虚だな〜いいよ、やるやる」

手のひらにポンと置かれた白いボディーの、どこにでも売っているシャーペン。
でもこの瞬間、わたしには特別になった。

「受験、だから…これ使って頑張る」
「頑張れよ。お前の学力はわかんないけど…待ってるから!」

えっ。
今…何て言った?
目をぱちくりさせているわたしに、運命の一言が。

「お前、ウチの学校受けるんじゃないの?
俺、マネージャーなってくれるんだろうなって楽しみにしてたんだけど…違う?」



家に帰ると、外気との差でカッと火照る頬。
ごはん食べたら、また勉強に戻らないと。
リビングで新聞を広げているおじいちゃんに、ねえ、と声をかけた。

「おじいちゃん、わたし、音駒うける」
「お前…私立の女子校受けるんじゃなかったのか?」
「ううん、音駒行きたい。もし受かったら、バレー部入っていい?マネージャーやりたいんだ」

キッチンのお母さんは、あら、と言ったけどすぐにニコニコし始めた。

「なんだ、あいつら見て、お前のやる気に火がついたかな?
言っておくけど、孫だからといって俺は甘やかさないからな。
たくさん働いてみんなの役に立ちなさい」

おじいちゃん、なんだか嬉しそうだ。

このペンで、あの人への道を掴み取る。
無事に桜が咲いたら、家族の次に報告しよう。
あの人は…どんな顔してくれるかな。

待ってろ、巨人。
すぐに隣に行ってみせる。
春には同じ制服を着て、同じ赤いジャージももらって、
一番近くで応援できますように。
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