twitterであげていたおはなし。2

□早春賦
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澤村大地くん。

その名前を、人生最後のクラス替えで自分と同じクラスに見つけた時
心臓の音が一段と重く全身に響いた。

1年生の時に同じクラスだった彼と、また同じ教室で過ごせる1年間が幕を開ける。
快活な人柄で成績も良く、爽やかで…密かに憧れていた。
会話をしたのはきっと数えるほどだし、向こうはわたしのことなんて覚えていないかもしれない。
遠くから眺めているだけで幸せだったあの頃。
でも、今のわたしは違う。

春は、はじまりの季節であり不思議な力を持っている。
眠っていた動物や植物が動き出し、世界が明るく色づき始める時。
せっかく最後に同じクラスになれたのだからお近づきになりたい。
恋愛にそれほど積極的でないわたしにさえ、そういう欲を抱かせるのだ。

新学期が始まるとすぐ、席替えが行われた。
出席番号順じゃつまらないもんな、という担任の意見にクラスみんなが賛同し、
わたしも内心ラッキーと思っていた。

しかし、そう甘くないのが人生。
わたしが引き当てたのは窓から2列目の一番後ろ、
春の陽気から夢の中へお誘いいただける特等席であった。
そして澤村くんはというと、一番廊下側の真ん中という離れっぷり。
まぁ、席替えなんて毎月あるだろうし、いつか近くになれたらいいな、なんて思いつつ
陽のあたる席からいくつものクラスメイトの頭越しに彼を見ていた。


チャンスは思いがけなく訪れるものだ。
職員室から戻り自分の席に行こうとした時、教壇の前では男子がじゃれあっていた。
通れないから、必然的に澤村くんのいる端の列を通ることになる。
ちらりと目線をやると彼は読書に勤しんでいた。
ラベンダー色のきれいな表紙だ。

よし、思い切って。
列の中ほどで立ち止まり声をかける。

「さ、わむらくん」

緊張のあまりつっかえてしまったけど、澤村くんはわたしの呼びかけに顔を上げてくれた。

「おお、そう言えば…クラスまた一緒だな。よろしく」

覚えててくれたんだ。
大した印象を与えられている自信はないけれど、何だっていい。
彼の脳内にどんなに狭くたってスペースを持てていたことがたまらなくうれしかった。

そして目の前にふたつ並んだ艶やかな黒い瞳に、自分が映っている。
…いけない。
じろじろと見すぎてしまったかなと思い慌てて視線を彼の手元に落とした。

「よろしく。それ…何読んでるの?」
「ああ、小説。家にあったやつなんだ」
「面白い?」
「よかったら、読む?俺何度も読んでるから」
「…いいの?」

すべすべとした絹装が施されている表紙には『春の雪』と少しくすんだ金文字で打ってあった。
しっかりと胸に抱き、ぺこりと頭を下げて急いで自分の席に戻る。
大事に大事に鞄の中に入れた。

家に帰るとすぐさま鞄を開け、借りてきた本に飛びつく。
どうやら晩ご飯だと呼ぶ声も聞こえていなかったらしく、お母さんが部屋に来た。
後で食べるからいいと断るほどわたしは夢中で、宿題も無視して一晩で一気に読みきってしまった。
本の内容は、明治末期から大正初期にかけての貴族の悲恋ものだったのだが
澤村くんが恋愛ものを読むんだ、という意外性にドキドキしていた。
彼もこんなふうに誰かへ激しい想いを募らせているのだろうか、と思うと
自分の知らない一面を見せてもらったうれしさと、自分の恋が破れる可能性とで
胸が押しつぶされそうな夜だった。
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