twitterであげていたおはなし。2

□お返しは、三倍返し(前編)
2ページ/2ページ

ついにやってくる3回目、そして高校最後のバレンタイン。
今や最高学年であり県内きってのスター選手と言っても過言ではない位置にいる彼だから
去年を上回る数のチョコレートに埋もれるだろう。
そう思いチョコ以外の何か、を必死で考えた。
その結果。

「及川」
「ん、なあに?」

読んでいた本から顔を上げた及川がこちらを見る。
いつもわたしが見上げてばかりだから、自然な上目遣いで見つめられるとドキドキしてしまう。
落ち着け、顔に出すな自分。

「来月の13から15日の間に、どっか夜あいてる?」
「んー…今のところ全部あいてるよ」

2月に入ると3年は卒業式まで丸々1ヶ月休みになる。
大学入試に備えてみんな必死で勉強する日々なのだろうけど、
及川は既に東京にあるバレーの強豪校に推薦入学が決まっており、わたしも秋口に推薦枠で大学の合格をもらっていた。
来月彼は、新生活の支度をしながらたまに部活に顔を出す日が続く。
土日はお世話になっているOBがいる地元の大学の練習に参加すると言っていた。

「及川、決めて。わたしはどの日でもいいから」
「え〜、何があるの?」
「悪いことではないから安心して」
「じゃあ…14日にしよっかな」

まさかのバレンタインデーという選択。
当日に会うなんて絶対無理だと思っていたから、前後の日と混ぜて提案したのに。
でも、願ったり叶ったりだ。

「14日、夜の6時に学校の前に来れる?」
「うん、大丈夫。大学そんな遠くないしね」


当日、彼と待ち合わせたわたしが向かったのは
たまにみんなと練習帰りに寄る、行きつけのラーメン屋さん。
そう、チョコではなくてラーメンをおごることにしたのだ。

「お前がおごってくれるなんてね〜でも動いてお腹減ってたからよかった♪」

上機嫌で割り箸を割り、いただきますをして勢いよく麺をすする。
しかもわたしのおごりと言ったのをいいことに、奴は餃子とチャーハンまで頼んでいた。
いい食べっぷりだ。
この姿を見られるのも、もしかしたらこれが最後かな…
わたしも大学は東京だけれども学校自体は違うし、一緒にごはんに行くこともないかもしれない。
というか、もっとたくさんの女の子に囲まれて近づくことだってままならないかも…
そう思ったら湯気の向こうの横顔を目に焼きつけておきたくて、
気づいたら自分のラーメンに箸もつけずにぼーっと見つめていた。

「…お前、食べないの?麺伸びるよ?」

そう言われてハッと我に返る。
ごまかすようにラーメンに口をつけたけど、麺もスープもなかなか喉を通らなかった。
わたしが食べきれなかった伸びかけのラーメンを見て
「食べないならもらうよ」ってどんぶりを自分の方に引き寄せる彼。
その気持ち良い食べっぷりを目の端で見ながら時間は過ぎてゆく。

食べ終わって外に出ると空気はキンと冷たい。
あったまったはずの体は急速に熱を奪われていく。
空は澄みきっていて星が雲の隙間からちらほら見えていた。
東京に行ったら見れないだろう。
空に広がる星の煌きも、そして隣に彼がいる風景も。

「ごちそうさまでした」
「本当よく食べたね。…3年間お疲れさま、主将さん」
「何、突然」
「ううん、なんか急に言いたくなって」
「変なの」

そこからは二人とも一言も発することなく歩いた。
分かれ道になり立ち止まると及川はにこりと笑って手を振る。
ファンの子の声援に応える時と同じように。

「ありがと。またね」
「うん、おやすみ」

背を向けて歩き出すと自然とこぼれた涙がマフラーをしっとりと濡らした。
いつもそばにいたのに、イベントに頼らないと何もできない自分に嫌気がさしたし
そのくせ3回もあったバレンタインは全部不発なんて笑っちゃうよね。
自分だけに向けられたさっきの笑顔が心臓をぐりぐりと押しつぶしてくる。
好き、の一言がこんなにも重く難しいものだってわたしに教えてくれた、
腹立つくらいにかっこいい、及川徹という男は本当に…ばかやろうだ。


翌日、岩泉から電話があった。
次、部活にいつ顔を出すかという相談だ。

「俺と花巻は3月下旬までの土日なら、今のとこ全部空いてるぞ」
「まっつんは?」
「アイツは、物件探しにちょっと難航してるっぽい」
「じゃあまっつんに合わせようか」
「そうだな…あ、グズのこと忘れてた」
「忘れてないでしょ、一番大好きな幼なじみなんだし」
「お前、卒業式顔腫らして出てえのか…?」
「冗談だってば!」
「アイツ、土日は東北商業大の練習だっけか」
「確かそうだね」
「あと、この前会った時3月の頭に一度東京行くとか言ってたな。そのあたりは外すか」
「ああ、会ったんだ?」
「ん、一昨日4人でラーメン食いに行ったんだよ。学校の近くのいつものとこな」

岩泉の言葉に思考が一瞬止まった。
まさか、わたしと会う前日も同じ店に行って同じものを食べてたなんて。

「…い!おい!寝てんのか?」

岩泉のバカでかい声でハッとする。

「ごめん、何でもない…」
「そっか?ならいいけどよ。とりあえず俺らは平日もできるだけ部に顔出すけど
お前込みの全員で行く日は松川に確認しとくわ。
卒業式の日は部よりクラスで集まる感じになっちまうだろうし、卒業式後になるだろうな。
一緒に顔、出そうぜ。じゃあな」

電話を切った後、気づいたら指が勝手に電話帳の及川を探していた。
主将とマネージャーというのは、普通に考えたら一番連絡を緊密に取る関係だろう。
でもうちのチームの場合は岩泉がその役割を担っているので、発着信の履歴は岩泉ばかりだ。
あとは、練習に遅れてくる国見ちゃんへのモーニングコールとか。
履歴に残ったことはほとんどない彼の電話番号を表示させ、発信マークをタップする。
数回の呼び出し音の後、くぐもった声が聞こえた。

「はーい?どうしたの?」
「ごめん、今、平気?」
「うん。何かあった?お前がかけてくるなんてめずらしいね」
「さっきさ、岩泉と電話してて知ったんだけど…2日連続でラーメンだったんだね」
「え?ああ、それか…」
「ごめん、何も知らなくて。ってか、違う店でもよかったのに…」
「いいのいいの。ラーメン大好きだし、いつ食べてもおいしいからね、あそこのは」
「でも…」
「俺がおいしかったって言ってるんだからいいでしょ。気にしない!…ありがとね」

ケラケラと笑って、
あの味とももうすぐお別れか〜なんて言っている及川のこっち側で
わたしは爆発しそうな想いをこらえるので必至だった。

こんな彼を、やっぱりわたしは好きなんだ。
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ