夕暮れに潜む者

□始まり
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 それは、僕の人生を変える日だった。


 中学校卒業式のその夜、僕達は近所のファミリーレストランに集まっていた。
卒業記念の打ち上げってのもあったけど、実はもう一つ別の理由があったんだ。

「それじゃー、修斗の『国立クライノート学園』への進学を祝って!カンパーイ!」
「コーラだけどな!」

 同じテーブルの友達がはしゃぐのを、僕は苦笑いしながら見ていた。僕の隣では、親友がコーラの入ったグラスを持ち上げながら僕に軽くぶつかる。

「ほら、瑞穂!お前も!祝ってくれねぇの?」
「違うって!ただ、ジュンもタクオもはしゃぎ過ぎだと思って」
「瑞穂ぉー、お前がおとなしすぎるんだよ!」「一緒に騒ごうぜ!」

 向かいに座ってるタクオが勢い余ってテーブルに足をぶつけるのを見て、僕達は一斉に噴き出す。

 …そうだ。これは『お別れ会』なんだ。

 僕の隣に座っているのは親友の里市修斗。爽やかで誰にでも優しいから、いつでも皆の中心にいる人気者…僕の幼馴染で親友だ。
スポーツ万能だし、勉強はちょっと苦手らしいけどヒドいわけじゃない。それに…何よりも。

「いいよなぁー、修斗はさぁ。『神の力』だろ?俺にはそんなスゴい力、一ミリもないぜ」
 
 小学校からの友達であるタクオが言うと、その言葉に僕とジュンがこくこく頷く。…そう、修斗は生まれつきスゴい力を持っているんだ。

 生まれてすぐに受ける検査で、僕ら人間は3つに分けられる。多いのが、僕みたいな『普通の人間』だ。そして次に、修斗みたいに…『神の力』を宿して生まれる人たちがいる。
修斗はタクオの言葉に笑いながら首を振った。

「いや、生まれ持ってるだけで俺が自由に力を使えるわけじゃねぇし!お前らと同じだよ」
「ふーん、じゃ目からビーム出るとかじゃないのか」
「残念そうにすんな」

 修斗のように『神の力』を宿している、と検査結果が出た者は、都心の『国立クライノート学園』ってところに入学できるらしいんだ。
そこでは『神の力』を持つ人たちが集まって、その力を正しく使うために勉強するらしい。決して力を持ってるからって、運動能力とかが普通の人間より優れてるわけじゃないらしいけど。

 修斗はその検査で、『神の力』をびっくりするほどたくさん体に秘めていることが分かったそうだ。だから中学校まではこの片田舎で普通の公立中学校に通ってたけど、一般の高校には進まない。
話に出てきた『国立クライノート学園』という、恐らく国内で最も有名な学園にこの春から通うことになるらしい。…しかも、特待生で。

「特待生だろ?羨ましいぜ、飯代も学費も全部免除だろー?」
「そこは助かるんだけどな。将来は絶対に『リングアベル』に入団して、団員として戦うことになるけど」

 ―――『リングアベル』。

 その組織は、警察とも違うし自衛隊とも違う、特殊な国家組織だ。彼らは、僕達普通の人々を『ある者』から守るために戦う、神の力を持った戦士たちなんだ。
国立クライノート学園はそのリングアベルって団体の運営する学園だから、そこに特待生として入学する修斗は将来必ずリングアベルに入団することになっている。

 親友が将来、戦いに身を投じるなんて今の僕には考えられない。…けど…。

 隣を見ると、修斗の腕が僕の方に伸びてきて肩を組まれる。驚いて修斗を見れば、にっこり満面の笑みが返ってきた。

「そりゃー、瑞穂やお前らと違う学校に行くのは寂しいけどさ!お前らを『異形』から守れるなら俺、なんでもするぜ」
「…ほんと、修斗はかっこいいよな」
「イケメーン!イケメンに乾杯!」
「コーラだけどな!」
 
 …僕らは生まれた時、3種類に分けられる。一つは普通の人間、一つは神の力を持つ者、そして残り一つが…『異形の力を持つ者』だ。
彼らは生まれつき、悪魔の力を持っている。彼らのほとんどは幼くして衰弱死してしまうんだけど、生き残るケースもある。
そんな彼らが暴走して、恐ろしい化け物に姿を変えることがある。その化け物を…僕らは『異形』と呼んでいる。

 『異形』に姿を変えた人はもう元に戻ることはないのだと僕らは教えられてきた。もし『異形』に遭遇したら、すぐにリングアベルに通報して助けてもらわなきゃいけない。…じゃないと、僕らは殺されてしまう。
異形という化け物は普通の人間にはどうすることもできないんだ。例え銃で撃っても殴っても、傷一つつけられないらしい。神の力を持つリングアベルの人達でないと、異形を倒すことはできない。

 だから僕ら普通の人間は、こうやって落ち着いた平凡な生活をしながらいつも異形に怯えて過ごしている。

 でも滅多に現れるモノじゃないし、もし出現してもすぐリングアベルの人たちが何とかしてくれる。僕も報道番組で彼らの勇姿を見たことがあるから、その強さは信頼してるつもりだ。

 そんな危険な化け物との戦いに、親友がいつか身を投じていくのだという。けど、修斗ならきっと誰より強いリングアベルの団員になるんだろうな。
修斗は小さい頃から正義感が強くて、喧嘩も強かったし何より『いい奴』だったから。同じ高校に通えなくなるのは寂しいけど、修斗ならきっと大丈夫だ。

 僕と同じことを考えていたのか、ジュンが修斗に笑って言う。

「けど、修斗なら安心して送り出せるな!寂しくなったらメールしろよー?」
「ときどき学園の生活を報告してやるよ。ジュンもサッカー続けろよ?タクオも勉強頑張れよ!あと瑞穂、変な奴らに絡まれないようにな!」
「まーったく、修斗は瑞穂の保護者かよ」
「僕のことなら大丈夫だから」

 …小学校から僕らは一緒だった。スポーツ馬鹿のジュンと修斗、勉強が苦手だけどムードメイカーなタクオ、ただただ真面目で取り柄は特にない僕。
性格も趣味もバラバラだけど一緒に馬鹿な事したり遊んだりした大事な友達だ。

 カラン、とグラスの中の氷が音を鳴らす。ストローに吸い上げられたコーラはあっという間になくなって、体の中でぱちぱち爆ぜる。

「…修斗、元気でやれよ」
「長期休暇入ったら、また戻ってくるから遊ぼうぜ」

 隣の修斗の大きな肩にもたれると、修斗がちょっと寂しそうに応えた。
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