小説

□■合体
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「お前は性懲りもなく、また酒なんて飲んでんのか!!!!」

人気のなくなったギルドに、グレイの怒号が響いた。


***************


「ジュビアのヤツ、まだ残ってっかな…」

思ったより仕事が押し、気が付けば日付が変わっていたその日、本来ならそのまま直帰して翌日仕事の報告をしても良かったが、グレイの足は家ではなくギルドへ向かっていた。
今日はまだジュビアの姿を一度も見ていない。
別に一日位会わなかったからと言ってどうという事も無いが、会えたら会えたで嬉しい事は事実だった。
それに…
グレイはおもむろに上着のポケットをまさぐると、小さな袋を取り出した。

(よし、壊れてなさそうだな)

透明な袋をぐるりと見まわし、繊細な作りの中身が潰れていないことを確認すると、もう一度ポケットにしまい込んだ。
それはジュビアへの土産だった。
土産と言っても大層な物ではなく、菓子屋店で買った飴が包まれていた。
仕事中たまたま通りがかった店先に飾ってあった細工飴の造形が、造形魔導師である自分から見ても精巧な出来映えで、まるで氷にも似た輝きを放つそれに、グレイは柄にもなく見惚れてしまったのだ。
思わず形を指定して一つ作ってもらい、ジュビアへの土産にしたのだが、生モノなので出来れば今日中に渡したかった。

そうしてグレイがようやくギルドに帰ると、確かに目当ての人物は居た。
居たが、まさかぐだぐだに酔ってカウンターに体を沈めているとは思わなかった。
おまけに辺り一帯、涙なのか自身の体なのか区別もつかない水分によって水浸しで、まるで洪水の後さながらだ。

(ホントにコイツは…っ)

一度目は合宿で、2度目はつい先日。
そして3度目のジュビアの泥酔加減にグレイの目尻はぴくりと引きつり、思わず冒頭のセリフを吐きだしたのだった。

「ごめんね、グレイ。一応私も止めたんだけど」

目の前の光景に軽く眩暈を起こしかけていると、困ったように笑いながらミラジェーンがカウンターから姿を見せた。

「でも良かった。グレイも仕事終わったらここに寄るとは思ってたけど、あんまり遅いから、もしかして直帰しちゃったのかと思って、困ってたの」

もはやギルドには、カウンターに寄りあった3人の姿しかなく、言いながらミラジェーンは手に持ったタオルでぽたぽたと床に落ちる水を拭き始めた。

「悪ぃな、ミラちゃん。俺ももっと早く帰る予定だったんだけどさ。今起こして送ってから。おいジュビア、起きろ!」

グレイは眉を下げると、半透明だが辛うじて原形を留めているジュビアの肩を掴んで揺り起こしにかかった。

「あ、ちょっと待ってグレイ」
「は?」

横から優しく制され、グレイは手を止めた。

「ジュビア、やっとさっき眠ったばかりなのよ。来てくれたならそれでいいから、もう少し寝かせておいてあげて?」
「ミラちゃんがそう言うなら良いけど。つーか、何でまた酒なんか飲んでたんだ?」
「きっとヤケ酒ってやつじゃないかしら。『グレイ様がギルドの女の子達全員に手を出した〜』とか泣きながら叫んで飲んでたから」
「それで酔いつぶれたって……こいつ、まだそんなこと言ってんのか」

ジュビアの頭を子供をあやす様に撫でるミラジェーンに、「何度言えば分かんだろーな」とグレイはうんざり顔で呟いた。
ジュビアが言っているのは先日行われたワインの賞味会の翌朝の事だ。
前の夜にギルドメンバーの大半が酔いつぶれ、カナの絡み酒でジュビアも例に埋もれず酩酊していたのだが、そのおかげでジュビアへの自分の気持ちを自覚したグレイはそれまでの関係を清算すべく、ジュビアと肩を寄せ合い眠りに着いたはずだった。
ところが、気がついた時には一人、ぐっすりと眠る女子達の輪の真ん中に丸裸で放られ、女子にはまるで変態扱いされ、ジュビアには浮気者と罵られ散々な目にあった。

(本当に身に覚えがねえっつーのに)

一体何回同じ説明をすればジュビアは納得してくれるのだろう。
ジュビアの手を握りしめて幸せな朝を迎えられると思ったのに、どこの誰の仕業でややこしい事態になったのか。
このフェアリーテイルにおいて、悪ふざけに執念を燃やす人物の心当たりなど多すぎる。
大人げないメンバー達の巣窟であるギルドの中だと言う事を忘れていた自分の自業自得でもあるが、対象になった相手は思い込みの激しさと勝手に話を飛躍させる豊かな想像(妄想)力に折り紙つきのジュビアだと言う事を、せめて念頭においてから実行しろと言ってやりたい。
そのおかげで、無実の罪で連日ジュビアに責められ(とは言っても、付き合っても無いのだから責められる謂われも無いはずだが、頭に血が上ったジュビアに通じる訳も無く)、こうしてまた酔ったジュビアの面倒まで見させられるハメになった。

「おまけにあの日は目覚めに水攻めまで食らって、ついてねえよ…はあ…」
「れもグレイさま、らんらか嬉しそうら顔して寝ていらっしゃいまひた…」
「おまっ、いつから起きて?!!」

最悪な目覚めとなった朝を思い出してグレイがため息をつくと、丁度目が覚めたらしいジュビアが、酔って潤んだ大きな瞳をこちらに向けていた。
グレイが思わずのけぞるように驚くと、それを追う様にジュビアが体を起こした。

「グレイさまは、おんなの子なら、だれれもいいんれすよね…」
「お前、ホントいい加減にしろよ!」

あの日噛みしめた愛しさは一体なんだったのか。
未だに勘違いしているジュビアに、自分が一緒に居たいと思ったのはジュビアだけだと堂々訂正してやりたいが、酒に酔っている相手に、わざわざ言って教えてやるのも腹立たしい。
まして横にはミラジェーンが居るのだ。
言いたいのをグッと我慢して口ごもると、ついつい目がミラジェーンに行ってしまう。
泳いだような視線のグレイと目が合った事で何かを察したミラジェーンは、「それじゃあ邪魔者は退散しようかな」と、ギルドの鍵をグレイに手渡すと、奥からコートを持ちだし帰り支度を始めた。

「あとはよろしくね、グレイ」
「え?!まじかよ!?待ってくれよミラちゃん!」
「それじゃあ、ごゆっくり〜」

グレイの懇願もどこ吹く風で、楽しげにウェーブヘアを揺らしながらミラジェーンは夜の街へ消えていった。
ギルドには正真正銘グレイとジュビアの二人だけになってしまった。
ジュビアは未だ状況が把握できていないらしく、ふわふわと体を揺らしながら薄眼を開けている。
なぜ今日に限って、酔っ払いが一人も床にころがっていないのだろう。
例えその人物が決して目を覚まさない程深い眠りについていても、同じ空間に誰か他の人物の気配がするだけで、張り詰めた様なこの空気も少しは和らぐのに。

(いや。意識してんのは俺だけか…)

思考が集中してしまわないように、グレイがわざとジュビアから視線を外すと、ジュビアがグレイの服の端をぎゅっと掴んだ。

「どうした、ジュビア。吐きそうか?」

元々ジュビアはそんなにアルコールが得意な方ではないはずだ。
体調を窺おうとグレイが顔を覗きこむと、ジュビアはゆっくり首を横に振り口を開いた。

「ぐれい様、じゅびあのこと、おこってますか?」
「なんで?」
「じゅびあ、またぐれいさまに、こうやってごめいわくをお掛けしてるから…」

どうやらジュビアは、グレイに避けられていると思っているらしい。
心細そうにサファイア色の瞳が揺れ、グレイは「ったく…」と眉を下げた。

「怒ってねーよ」

不安げに裾を握りしめるジュビアの手を、自分の手で包みこんでやったが、ジュビアは苦しげに眉を寄せたまま。

「じゃあ、きらいになりましたか…?」

口に出された“嫌い”という単語は、グレイの頭の中で即座に否定された。
こんなにも不安にさせるなら、いっそ正直な気持ちを声に出して伝えてしまいたいとも思う。
けれどそれを、こんな状況で言うのか?
この前と同じように彼女は酒に酔っていて、そのせいで普段なら口にしない様な事を自分に聞いているだけかもしれないのに。

変なプライドが邪魔して、素直に自分の気持ちを口に出来ないでいると、カサ、とポケットに違和感を感じた。

「そうだ。お前に渡したい物があるんだった」

ジュビアに土産を買ってたことを思い出し、腰の辺りにあるポケットをさぐる。
取り出した袋を見せるとジュビアは、ニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべた。

「きれい…」

氷の輝きにも似たそれは、縦に渦を描くように作られており、渦の先へ行くほど、滑らかだった土台が水晶の様な柱に変わっていくように作られていた。
ジュビアは、まるで大魔闘演武で二人が繰り出して見せた、水流昇霞――ウォーターネプラ――と、氷欠泉――アイスゲイザー――の合体技を手のひらサイズした様な飴細工に、目を輝かせた。

「なんだかじゅびあたちの技みたいです…」
「俺の氷とお前の水をイメージして作ってもらったからな。これ全部食えるんだぜ」

試しに一欠け食べさせてやろうと、グレイは袋の口を開けた。
ジュビアは静かにその様子を眺めていたが、グレイからのプレゼントじっと見ている内に、感極まってふるふる震えだした。

「ありがとうございます、ぐれい様ぁ!」
「っぶねえ!」

感動のあまり、ジュビアはグレイの胸目掛けて飛び込み、飴細工に集中していたグレイの視界はグラリと揺れた。
普段なら、何が居こるか分からないジュビアの突発的な愛の行動には慣れているので予想も出来たが、今日はそこに『酔っ払い』というコンボだ。
辛うじて飴細工は無事だったが、手がふさがっていた事もあり、カウンターの椅子に座っていた二人は、次の瞬間もつれ合う様に倒れ込んでしまった。
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