小説

□■この道はいつか来た道
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「じゃあ、ジュビア。悪いけどアスカの事お願いね」
「心してお預かりします」

なるべく早く帰るからと、使いこまれた革製のバッグを肩にかけ、仕事へ向かうビスカから、彼女の愛娘アスカを引き受けると、ジュビアはにっこりと笑った。
いつも預けている友人が今日は不在という事で、たまたま仕事のなかったジュビアがアスカの面倒を見ることになったのだ。

「ママ、いってらっしゃーい!」

無邪気に手を振るアスカと一緒にビスカをギルドの外まで見送ると、小さなガンマンに目線を下ろした。

「さ、アスカちゃん、何して遊びましょうか」
「おさんぽー!アスカ、汽車がみたい」

大魔闘演武の参加のために、鉄道を乗り継いでフィオーレ王国の首都クロッカスに行って以来、アスカはあの蒸気が立つ煙突やピカピカの車体が大のお気に入りだった。
そうですねー、と考えながらジュビアは時計を見た。
長針が9時を指すところだった。
丁度、昨日泊まりがけの仕事へ行ったグレイが帰ってくる頃だ。
アスカの目線に合わせて膝を折ると、ジュビアは指を立てた。

「じゃあ、ついでに駅まで、グレイ様のお迎えに行きましょうか」
「うん!ハダカのお兄ちゃんのお迎え行くー!」

天真爛漫に喜ぶアスカの手を取ると、二人はマグノリア駅へと歩き出した。
鼻歌を歌いつつ、角のパン屋のおじさんに手を振り、橋を渡り、大きなお屋敷の庭で飼われている三頭の犬と柵越しに戯れ、道草を食いながら二人は駅へ向かう。

「ねえねえ、さっきの、『さま』ってどういう意味?」
「『ジュビアの王子様』っていう意味ですよ」
「そっか!」

アスカは何やら納得した風で、繋いでいた手をブンブン振った。

一人二人で歩くより、子供と一緒の散歩は時間がかかる。
いつもの倍の時間をかけながら悠々駅のエントランスへ着くと、既に到着していたグレイが丁度駅の階段から降りて来るところだった。

「グレイ様ぁー!」
「裸のお兄ちゃーん!」
「おお!ジュビア!それにアスカも!」

大声で名前を呼びながら手を振る二人に気付いたグレイは、三段飛ばしで階段を駆け下りた。
泊まりがけの仕事に行っていたと言うのに、二人の姿を見ただけで、疲れが引いていくようだ。

「二人でお迎えに来ちゃいました」
「きちゃいましたー」
「おう。サンキューな」

言いながらグレイは持っていたショルダーバッグを漁り、小さな箱を取り出すと、土産だ、と言って二人に見せた。
手を伸ばし、アスカがそれを受け取る。

「これなあに?アメ?かわいーい」
「お花の形ですね」
「角砂糖だってよ。お前、よく紅茶飲んでっから、試しに買ってみたんだけどな…」

淡い色合いで、バラやユリなどの形をした角砂糖は、見ているだけでも可愛らしかった。
思いの外アスカが喜んでいるので、ジュビアにやると言いだせなくなったグレイは、ちらりと彼女を見た。

「ジュビアには、また今度買ってください」
「そうだな」

こっそりジュビアに耳打ちされ、静かに返事をする。
なんなら今度は一緒に行って買っても良いか、と思い直し、グレイは背負っていたカバンを肩に掛け直した。

「よし、帰るか!」

アスカの頭を撫でると、ギルドの方へ足を向けた。
するとアスカが、おもむろに両手を二人に伸ばしてきた。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん!お手手、つなご!」
「はい。どうぞ」
「おう」

アスカを間に挟み、小さな手をきゅっと握り返すと、三人はアスカの歩幅に合わせて歩き出した。

「こうやって誰かと三人で手を繋いで並んで歩くのって、初めてかもしれないです」

いつも傘を差してたので、親と出掛けても手なんて繋げ無くて、と恥ずかしそうに口にするジュビアを見て、俺はどうだったかな、とグレイは思い出を漁った。

「俺も親が死んでからは、一人で生きていくって突っぱねてたからな。ウルとも手繋いだ覚えがねえな」
「ふふ。ちっちゃくても、グレイ様はグレイ様だったんですね」

そう言って優しく笑うジュビアに、これまで忘れていた母の面影を思い出した。
父であり、母でもあったウルとは少し違う、母・ミカの姿。
三人で出掛ける度、愛妻家だった父と、いつもどちらが母と手を繋ぐか争っていた。
父親はその度に母にたしなめられ、自分が真ん中を勝ち取った。

懐かしい思い出に、そんなこともあったっけなと苦笑しながら、グレイは考えた。
もし。
もしだ。
ジュビアとの間に家族を持てたら、家庭というものを築けたら、もう一度その光景を見る事が出来るんだろうか。
そんな事を想像している内に視線が滑り、目が合ったジュビアから、どうかされました?と聞かれ、グレイはドキリとした。

「いや、なんでもね」
「おにいちゃん、顔真っ赤!」
「あ、ああ!ちょっと暑いからな!」

とっさに、服を着ているからな、という意味の分からない言い訳を述べて、グレイは顔をそらした。
今はまだ、この手を繋ぐのは一人でいい。
けれどいつか…

小さく握られたアスカの手と、その隣で優しげな視線を注ぐジュビアに自分の未来を重ねてしまい、気恥ずかしさからグレイは襟を立てて口元を隠した。


〜終〜

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