小説

□■きっと違う。そんなはずない。
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※エクリプス編で、竜の襲撃に備え、大陸中の間同士が集合した時の捏造小説




時は深夜に差し掛かるところだった。
大魔闘演武が終わった首都クロッカスには、新たに噴出した“一万のドラゴンの襲来によって世界が滅びる”という予言を元に、国の窮地を救う為に、国中の魔導士ギルドのメンバーが集まっていた。
最終戦をギリギリまで闘っていたフェアリーテイルの面々も、僅かに空いた時間で怪我の手当てをし、魔力を回復させ、来たる時に向けて準備を整えていた。
破れた服を着替えたジュビアも、魔導士で溢れる中央広場を突っ切り仲間の元に急いでいたが、途中で誰かに呼び止められた。

「ジュビア?」

僅かに聞き覚えのある声色に立ち止まったジュビアは、声のする方へ振り向いた。
そこではっきり自分を呼んだ人物の姿を目の当たりにしたジュビアは、一瞬不安げに瞳を揺らすと、それまで当たり前にそこにあった彼女のお守り――てるてる坊主――に触れる様に、右手を胸の前に置いた。

「ボラ…さん…」

昔より歳を取った顔付きのボラに比べ、7年前と少しも変わらないままのジュビアに、彼は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに表情を戻すとジュビアの元へ歩み寄ってきた。

「どうしてここに…?」
「うちのギルドにも、王国からの招集命令が来たんだよ。それで、仕事で出払っている者以外、動ける者は全員連れて、ここクロッカスへ馳せ参じたというわけさ」
「でも確か魔導士ギルドはお辞めになったと…」

風の噂でボラがタイタンノーズから追放され、悪事に手を染めていることを聞いていたジュビアは、少し言葉を濁しながら訊ねた。
すると「今はこの通りさ」と、ボラは自分の体に刻まれたギルドマークを見せ、もう一度タイタンノーズへ戻った事を示して見せた。

「別れて以来だな。ジュビア。そう言えば、雨は降らなくなったのかい?以前は、君と歩くと濡れて仕方なかったけど」
「そう…ですね……」


――そんなこと最初から分かってたはずじゃない

ジュビアの頭の中に蘇ったセリフは、過去の自分の声だった。
雨女であることを理由に彼に振られた日、悲しみに打ちひしがれるジュビアが一人呟いたそれは、ボラへの恨み事ではなく、身の程知らずに人並みの幸せを望もうとした自分への皮肉だった。
こんな自分が、幸せになれる筈は無い。いつかこの人もジュビアから離れていく。
そんなこと最初から分かっていたはずじゃない。
そうやって自嘲して、それ以上心に負った傷が開かない様に閉じた。
その頃の胸の痛みが蘇り、ジュビアの視界が狭くなっていく。
折れそうな心を支えてくれた胸のてるてる坊主は、もう無い。

「ファントムは解体したって聞いたけど、今はフリーかい?」

逆に今の自分の状況をボラに訊ねられ、現実に引き戻されたジュビアは、ハッと顔をあげた。

「あ、いえっ…。今はフェアリーテイルに」
「フェアリーテイル!今回の大魔闘演武で見事王国一に復活そうじゃないか。おめでとう」

ジュビアが王国一のギルドのメンバーと知るや否や顔色を変えたボラは、パチパチと拍手を送った。

「どうかな。俺達、やり直さないか?」
「え?ジュビアはもう…」

突然の申し出に、ジュビアは酷く困惑した。
何故今更。
まして、もう自分にはグレイという運命の相手がいるのだ。
大会中、戦闘中であろうが控え中であろうがグレイへの愛を振りまいていたので、彼女が同ギルドのグレイにお熱だと言う事は、全国区で知られているところだが(彼が全く相手にしていない事も知れ渡ってしまったが)、ボラは知らないのだろうか。
いいや。知る筈は無い。彼は、本当の所自分に気があって復縁を申し出てるのではないのだから。

言葉を濁すジュビアに、ボラは大げさに肩を落として見せた。

「分かってるよ。俺があの時君をひどく傷付けてしまったからだね。でももう俺への想いを押さえつける必要はないさ。今でも俺の事が好きなんだろう?」

何て勝手な男なんだろう、とジュビアは眉をしかめた。
少しでも彼に情を持っていた過去を消し去りたい位だ。
けれど昔の自分の立場を思い出してしまったジュビアは、委縮して強く言い返す事も出来なかった。

「今の君となら、釣り合いの取れた付き合いが出来そうだ」

付き合っていた当時と変わらない不遜な態度のボラに、ジュビアは呆れてものが言えなかった。
というより、何を言っても無駄な気がした。
もはや表情は無に近く、口を閉ざしてしまったジュビアを、大人しくなったと勘違いし、態度が大きくなったボラは、しつこく食い下がってくる。
そんな時、丁度姿の見えないジュビアを探していたグレイがそばを通りかかった。

「何やってんだ、ジュビア」
「グレイ様」
「そろそろ時間だから各ギルドごとに集合しろって、じいさんが呼んでんぞ」

言いながら、ジュビアと一緒に居る男に視線を向ける。
グレイから見て、この二人が友人知人というには、やや距離があった。
偉そうな態度の男に比べて遠慮がちに俯くジュビアの様子が気になったグレイは、くすんだ藍色の髪の男を一睨みした。

「誰だコイツ?」
「あの…昔の知り合いで…」
「タイタンノーズのボラだ。よろしく」

そう言って髪を掻きあげる仕草をするボラの気障な振る舞いが癇に障る。
自分の兄弟子も同じような仕草を良くするが、それとはまた違った不快感だ。
グレイは、ふーん…と芯の無い返事を返した。

「ジュビアとは少し縁があってね。昔――」
「ちょ…っと!グレイ様の前でやめて下さい…!」
「ああ゛?」

昔付き合っていた事を口外されそうになり、さすがのジュビアも顔色を変え、ボラを止めた。
グレイも、ジュビアに野心的ないやらしい視線を送られたことで、不機嫌な刺のある声で敵意を露わにした。
ジュビア自身が彼との関係を濁している事も面白くなかった。
グレイはジュビアの肩を掴み、自分の後ろにやると、ボラの前に一歩詰めた。

「うちのギルドのモンに手ぇ出したら、タダじゃおかねーぞ。三流のエセ魔導士が」
「う…っ」

体中包帯や傷だらけだったが、それが逆にグレイの歴戦と魔導士としてのレベルの違いを物語っていた。
迫力に押されて後ずさりしたボラは、7年前、同じくフェアリーテイルのメンバーであるナツにハルジオン港でこっぴどくやられたのを思い出し、取り繕う様に腰を低くした。

「そんな、少し話していただけですよ。そうだろ、ジュビア?」
「はあ…」
「じゃあそろそろ仲間の所に戻らなければ。では二人共、さようなら!」

慌てて走り去っていくボラを目で見送ると、ジュビアはちらりとグレイを見た。
隣からはピリピリとした空気が肌で伝わってくる。
グレイは何も言わなかったが、間に流れる沈黙が怖かった。

「あの…実は…ボラさんとは…なんというか…」
「アイツと付き合ってたんだろ」

そんなもん何となくわかんだよ、とそっけなく呟くグレイに、ジュビアは気まずそうに視線を泳がした。
過去に自分がどんな男と付き合っていたかなど、グレイに知られたくは無かったのに。

「しかしお前、男の趣味わりいなー」
「ジュガーン!」

行ってしまったボラの姿を遠くに見ながら、先程ボラ相手に凄んで見せた顔とは一転して、呆れたともからかうとも言えない表情で笑うグレイに、ジュビアはショックを受けた。

(そんな事、グレイ様に言われたくないわ)

確かにグレイの言うことは事実かもしれないが、知った風な口を聞くなら、自分の恋心の一つも気付いてからにして欲しい。
ジュビアの事を何一つ知ろうとしないのに、干渉だけはするなんて…。
グレイにしてみれば深い意味の無い一言だったが、今まさに想いを寄せているグレイの口から出た人ごとの様なセリフに、ふつふつと怒りが湧きあがり、ジュビアは不貞腐れた様に唇を尖らせた。

「どうせ、エルザさんみたいに素敵な方が初恋だったグレイ様と違って、ジュビアに人を見る目は無いですよ!」
「なんでそこでエルザが出てくんだよ!」
「別に、何となくですけどね!」

グレイの質問にケンカ腰に答えたジュビアは、プイ、と顔を背けた。
大体、なぜそう思うのかと聞かれても、ジュビアにも確信は無かった。
けれど、まだ知りあって間もない7年前、エルザを追って楽園の塔へ乗り込んでいくグレイの姿を見た時、何となく感じたのだ。
幼心にグレイが初めて意識した異性はエルザだったのではないかと。
それは本人ですら当時気が付いていなかった淡い想いで、大人になり、やがて小さな恋心が仲間としての情に落ち着いたのだろうと、ジュビアは思っていた。

今更掘り返す事でもなく、まして自分は関係の無い他人なのだからと聞く事も出来ずに、ずっと心のどこかで引っ掛かっていたモヤが、売り言葉に買い言葉で出てしまったのかもしれない。
もちろん今の二人は、かけがえの無い家族としてお互いを支え合う関係なのは、ジュビアも知っている。
信頼し合い、曇りない心を向け会う二人は、ジュビアにとって羨ましく思え、同時に憧れた。

だが、比べて自分はどうだろう。
誰も信じられず、誰にも信じてもらえず。
この手で縋ってきた物は……この手に残った物はなんだったのだろう。
何も無い。
ただぐちゃぐちゃに丸められたヘドロの様な思い出達が、二人と比べて恥ずかしかった。
ジュビアの目の端に、涙がきらりと光った。

「どうせジュビアが好きになる人は、ジュビアのことなんかこれっぽっちも考えてない人ばかりです!」

ジュビアは投げやりに言い捨てると、膝丈のスカートを翻し、グレイの元から歩き出した。

一時付き合っていたボラは、『エレメント4の魔導士の男』という肩書が欲しかったにすぎない。
新進気鋭の水の魔導士として名を上げ、若干17歳の女でありながらファントムロードのヒエラルキーのトップに上りつめたジュビアに近づき、彼女の影響力のおこぼれに預かるつもりだったのだ。
心の弱みに付け込むため、自分に惚れさせるだけ惚れさせ、うっとおしくなれば切り捨てる。
今思えばまったく都合の良い女のポジションだった。
さっきもジュビアがフェアリーテイルの魔導士だと知り、近づこうとしていた事をジュビアは分かっていた。

グレイだってそうだ。
ジュビアから近づけば、あからさまに嫌がり冷たくあしらうのに、いざ戦闘で力が足りなければ“仲間”だとか“信じている”だとか“俺達”と言った特別な響きを持つ言葉を囁き、何食わぬ顔でジュビアの魔力を求める。
自分の都合ばかりだ。

「ジュビアの事なんか、少しも好きになってくれないのに…」

別にジュビアだって、見返りが欲しい訳じゃないのだ。
ただ後になって振り返った時、今までグレイは自分に何か返してくれただろうかと考えると、胸の奥が痛むのだ。
どれだけ尽くしても、自分がグレイを想う程、彼はジュビアの事を想っているわけではなのだと思うと、少しだけ悲しかった。

小さく、心の暗闇を吐き出す様につい口を出たジュビアの言葉に、グレイはカッと胸の底から沸き上がる衝動を覚えた。
まるで自分を否定されたような気になって、ジュビアの手首を掴み無理やり引き留めると、グレイは声を張り上げた。

「好きにならねえって誰が言ったんだよ!」
「へ?」

怒鳴り散らす様な声にジュビアは気勢をそがれ、大きく見開いた目でグレイを見上げた。
あっけにとられるジュビアの前で、我に返ったグレイも今しがた自分が何を口走ったのかまだ理解できていない様子で、ハタと動きを止めた。
そしてやっと自分が口にした言葉を飲み込むと、見る間に耳まで真っ赤になり、顔を背けた。
そんなグレイから、ジュビアも視線を逸らすと、胸元に手をやる。

いいえ。違う。きっとそんなつもりで言ってる訳じゃないわ。

グレイの言葉に、高鳴ってしまう胸を押さえながら、自分で否定を重ね、都合の良い勘違いをしてしまいそうな心を戒める。
それでもまだ、どうしようもなく騒いでしまう心。
それはグレイも同じだった。
なぜあんな事を言ったのだろう。
自分自身の言葉に戸惑いを隠せずに、二人の間にきまずい沈黙が流れていく。

「と、とりあえず、集合場所に戻ろうぜ」
「はい」

お互い、さっきのやりとりを追及することなく、二人は仲間達の元へ歩き出した。
あの先の言葉は、もう聞くことは無い。
暗黙の了解の様に、まるで何も無かったかのように、確信に触れることも、ない。
触れればきっと、自らの心に眠る本当の気持ちを晒さなければならないと、二人は知っているから。


〜終〜

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