小説

□■真夏の冷たい訪問者
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「ジュビア!会いに来たぞ!」
「リオン様!?」

高らかに愛する女性の名前を口にし、爽やかに、そして当たり前の様にギルドの中へ踏み入ってくる訪問者に、ジュビアは身構えた。
人で賑わうギルドの中から一目でジュビアの姿を見つけたリオンは、その姿に頬を染めた。

(ああ、今日もなんて涼しげな姿なんだ…っ)

蜃気楼さえ見える真夏の外気の中、長袖にロングスカートを着ているジュビアは、誰が見ても暑苦しいが、ジュビア専用の恋のフィルターをぶら下げているリオンには、暑さに埋もれることなくギルドの片隅に凛と佇む姿は、まるで水辺に浮かぶ睡蓮の様に見えた。
満足げに笑ったリオンは脇目もふらず足早にジュビアの居るテーブルヘ近づいた。

「何しに来た、リオン。暑くてだれてる時に、てめえの暑苦しい顔なんか見たくねえんだよ」

グレイは咥えていたアイスを乱暴に床に捨てると、ジュビアを自分の背後に隠した。
シュゥゥ、と冷気で周囲を威嚇しながらリオンを睨みつけたが、リオンの目にはグレイなど入っていなかった。

「ジュビア。最近の暑さにバテているかと思って、ジェラートを持ってきたんだ。大丈夫、道中俺の魔力で冷やしていたから、溶けてはいないはずだ」
「あの、でもジュビア、アイスなら既に頂いていて――」

間に陣取るグレイなど見えていないかのようにするりと体をかわすと、戸惑うジュビアの隣にさらりと腰を下ろし、リオンは手に提げていた紙箱をテーブルの上で開いた。
リオンが持ってきたのは、最近ラミアスケイルのギルド近くに出来た、話題のジェラートショップの高級ジェラートセレクションだった。
そのままジュビアの顔に自分の顔を近づけると「さあ、遠慮せずに、好きなのを取るといい。これはマンゴーで、こっちは洋梨――」と、一つ一つの味を説明し始めた。

もうあと数センチで、肌と肌が触れてしまうくらいの距離に顔を寄せられたジュビアの耳には、リオンの話など入っていなかった。
彼の首筋から、さりげなく香るグリーンシトラスの香りに、一層頭がくらくらする。
ジュビアは緊張のあまり手に持っていたアイスをギュッと握った。

二人の(いや、一方的な)イチャつきを目の前で見せられ、拒絶反応を示したグレイの手は、次の行動へ移っていた。
質素な一つ100ジェイルもしないアイスだったが、二人で分け合って、小さな幸せを味わっていたのに、ぶち壊しやがって。
苛立ちを隠せないグレイは、硬直しているジュビアの体に手を伸ばしリオンから引きはがすと、それを名残惜しそう目で追う兄弟子を睨みつけた。

「勝手に座ってんじゃねーよ。つか、用が済んだなら、さっさと帰りやがれ」
「ジェラートなど口実にすぎん。俺はジュビアに会いに来たのだ。その用事はまだ済んでいない。それとさっきのお前のセリフ。氷の造形魔導士である俺の顔が暑苦しいわけないだろう。それを言うなら、お前の重苦しい黒髪の方が見ていて暑いぞ」
「言ってる事が矛盾してんだよっ!」
「貴様、俺とジュビアの語り合いを邪魔する気か――?」

静かに立ち上がったリオンに、「ジュビアが困ってんだろーが」と、ガンを飛ばす。
すでに二人共臨戦態勢で、辺りには冷気が立ち込めていた。

「ちょっと、お二人共!」

さすがにジュビアが止めに入ろうとすると、やりとりを見ていたカナが、ポンと肩を叩いた。

「いいじゃないか、ほっときな〜。おかげで涼しくなってきたし」
「え?え??でも」

周りで野次馬をしていたメンバーも、カナに同意して、うんうんと頷いていた。
今日ばかりは、氷の魔導士の同士の喧嘩がありがたいのだ。
何せ、いくらグレイに魔力で温度を下げてくれと頼みたくても、本人がいの一番に暑さにバテてしまって、ここぞと言う時役に立たない。

「今日こそどちらが本当にジュビアに相応しいか決着をつけてやる!」
「うちのギルドの女の相手は、てめえじゃ役不足だって、いい加減分かりやがれ!」

ジュビアの心配を余所に、口論を続けていた二人は、勢い余ってガツンと額をぶつけると、それをきっかけに右手を脇に構えた。

「おい、それ以上は――!」

メンバー達は焦った。
やり過ぎだ。そう叫ぶより前に、グレイとリオンが同時に声を上げた。

「「凍り付けえええ!!」」

逃げる間もなく、二人の魔力が周囲を包む。
さながら氷河期の様な姿に変わり果てて、氷だらけになってしまったその後のギルドには、「ちゃんと元にもどしてね?」と、にこにこと笑みを浮かべながら背後に不穏なオーラを纏ったミラジェーンからホウキとデッキブラシを手渡され、ギルドを掃除する二人の男がいたそうだ。
そしてその横では、彼等のケンカを煽った罰として、出現した巨大な氷の塊が無くなるまで、永遠にかき氷を振舞われ、凍えながらそれを食す仲間達がいたとか。

「さあ、皆沢山たべてね!」
「「「もう寒いのはこりごりです」」」


〜終〜

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