小説

□■一人の姫と、愉快な仲間たち
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アスカから“列車を見たい”と言われていたのに、ついでのつもりで行った、仕事明けのグレイの迎えだけ済ませて駅を後にしてしまったと気付いたのは、ギルドへ帰ってからだった。
もう一度、アスカを連れて駅へ行くというジュビアに、「じゃあ俺も暇だし、行くか」と、子守り役の一手を買って出たグレイは、仕事の報告だけ済ませると、駅へと引き返した。

駅までの道なり。
他愛ない話の中で、“ギルドの中で誰が子守りが上手いか”という話題が持ち上がり、ジュビアは「エルザさん…は、ちょっと違いますかね。レビィさん…も、なんだか子供に振り回されそうですし。あとは…」と思い浮かぶ限りのメンバーを挙げた後で、最後に意外性に満ちた一人のメンバーの名を挙げた。

「ラクサスさんなんかも、子守り上手そうですよね」
「どうだかなー?」

いいお兄ちゃんって感じですけど、とジュビアは自分が抱いているラクサス像を話したが、グレイからは良い返事は返ってこなかった。
確かに、昔から若い魔導士の多いフェアリーテイルにとって、ラクサスはずっと、背中で見守る歳の離れた兄のような存在だった。
グレイやナツなどの、主力と言われるメンバーがギルドで無邪気にやんちゃを繰り広げていた頃、すでに思春期を過ぎていたラクサスは、彼等の遊びに混じることはなく、一歩引いた場所からそれを見ていた。
度が過ぎれば叱り、まだ未熟な彼等が窮地に立たされた時は、先頭に立って小さな魔導士を守ってやる。
そんな頼りがいのある姿に父性を感じたのか、男性陣の中でラクサスの名を一番に挙げたジュビアだったが、グレイの意見は反対だった。

「案外そうでもないぜ?」
「というと?」
「ああ、お前聞いてねーのか」

そういうと、グレイは少し前にあった出来事を話し始めた。
それはビスカとアルザックに突然の仕事が入った日の事。
当然アスカを預ける事になったのだが、急なことだったので普段アスカを預けているビスカの友人もその日は所用があり、預け先が無かったのだ。
ギルドのメンバーに頼もうにも、目ぼしい女性メンバー達は皆仕事で、他に残っている者といえば、酔っ払いの親父か頼りない男性陣ばかり。
そんな時ギルドへ帰ってきたのが、S級クエスト明けで珍しくくたびれた様子のラクサスだった。
昔からギルドの兄役だったとはいえ。
預けられたものの、さすがにまだ言葉も物事の認識も危うい幼児の相手に、ラクサスも困り果てたらしく、魔力と体力と精神力はS級クエストで使い果たし、一言も発することなく僅かな気力だけでアスカの動向を見守る姿は、廃人の様だったという。

「そんなことがあったんですね」
「それが原因か分かんねーけど、あのあとラクサスのやつ、一日寝込んだらしいぜ」

あのラクサスにそこまでダメージを与えられるのは、幼ない少女の容姿で蘇った初代マスターのメイビスか、アスカ位のものだろうと、仲間内で小一時間は笑ったものだ。

「でもムキムキのお兄ちゃん、また遊んでくれるっていってたよ!」
「おう、じゃあ今度はままごとでもして遊んでもらえよ」
「なんだか凄い絵面ですね…」

可愛らしいキルト地のラグを敷いた上にちんまりと座って、お母さん役に徹するアスカから、おままごとの手ほどきを受けるラクサスが浮かび、ジュビアは困惑の笑みを浮かべた。


***************


のんびりのんびり歩いてやっと、昼と言うにはまだ早く、朝と言うには遅すぎる頃に本日二度目のマグノリア駅に着いた。
魔導士ギルドがある街は、そこを中心に栄えている事が多く、フェアリーテイルを有するマグノリア駅も、各方面へ向かう線が4本通っており、構内も中々の広さだ。
ただ半端な時間だった為、人はさほど多く無かった。
三人はとりあえず、入って一番手前のホームへ進み、そこで列車を眺めることにした。
奥三本のホームに、入れ替わり立ち替わり列車が到着し、遠くからアスカが手を振る。

「前はあっちのに乗ったね!」
「アスカちゃん、よく覚えてますね。あっちはクロッカス行き。その手前は海岸線沿いを走る列車ですね」
「いいな〜海行きたいなあ」
「海か。連れてく時間はあるけど、だな…」
「そうですね。遊園地とかと違って、海は何があるか分かりませんからね。ビスカさんやアルザックさんの許可なく行って、何かあったら困りますし」

少し困りながら顔を見合わせていると、こちら側のホームへ列車が来る事を告げる構内アナウンスが流れた。

ゆっくりと構内へ入ってきた蒸気機関車が、シュウと音を立ててジュビア達の目の前に止まった。
迫力のある姿を間近で見て、言葉少なに感動しているアスカと、彼女と手を繋いで列車を一緒に眺めるジュビアの横で、何の気なしに後方の車両を見ていたグレイは、何かに気付き顔色を変えた。

(ゲッ!あれは!)

グレイの視線が釘付けになった先には、車両の窓際に頬杖をついている白髪の兄弟子の姿があった。
どうやら、こちらには気が付いていないようだ。
グレイはジュビアとアスカをちらちら見ながら、声を上げてくれるなよと願ったが、好奇心旺盛な子供にそれは無理な話だった。

「あれ?白い髪の毛だけど、おじいちゃんじゃない。おにいちゃん?あれ?おじ……ん?…おにい…ちゃん??」

蒸気機関車のメインとも言える前方車両から後方に視界を移したアスカは、たまたまそこに居たリオンを、その髪の色から老人だと思いこみ、角度を変えた時に見えたまだ若い彼の顔付きに、不思議そうに首を傾げた。
どうかした?と、アスカの様子を不思議に思い、アスカが見ている場所を辿ったジュビアは、そこにあったリオンの姿に声を上げた。

「あ、リオン様!」
「この声は、ジュビア?!」

あ、バカ、と心の中で止めても遅かった。
グレイは、項垂れた頭に手を置くと、溜め息をついた。
声に気付いたリオンは「こんな所で会えるとは、運命のようだ!」と表情を華やかに変えて列車を降りると、足取り軽くグレイ達の元までやってきた。

「こんなところで何をしているんだ?これから仕事か?」
「いいえ。リオン様はこれからお仕事ですか?あれ?でもこれってラミアスケイルのギルド方面…」
「ああ、昨日から泊まりの仕事に行っていて、丁度今帰りなんだ」

そうだったんですか、と言いながら、リオンの視線がアスカに向いたのを見て、ジュビアはアスカの肩に軽く手を置き、彼女を紹介した。

「リオン様、紹介しますね。この子はアスカちゃん。アスカちゃん、ラミアスケイルのリオン様ですよ。グレイ様のお兄さん弟子の」
「『さま』?ジュビアお姉ちゃんの王子様?!」

いつも通りリオンの名前を様付けで呼ぶと、アスカは朝方ジュビアから教わった“様”の定義を目を輝かせて口にした。
「そ、そういう意味じゃっ」と慌てて否定するジュビアの横で、リオンはすかさず「そうだ」と答えた。

「ずうずうしい事言ってんじゃねーよっ」
「いや、子供は正直だな」
「ツリ目のおにいちゃん、かっこいーい!!」

自信満々に、サラッと前髪を掻き上げるリオンに、アスカはパチパチと拍手を送った。

「しかし、ジュビアにこんなに大きな子供がいたとは」
「違えよ。アスカはうちのギルドの」

突然感慨深げに、真面目な顔付きになったかと思えば、髪の色も面影も似ても似つかない二人を親子だと勘違いする兄弟子に、つくづく“お前はアホか”と言ってやりたくなる。
グレイは面倒なことになる前に、アスカの出自と三人で出掛けることになった経緯を説明しようとしたが、リオンはそれを遮る様に上機嫌で話を続けた。

「うむ。だが父親が誰であれ、それがグレイであったとしても、俺はいい父親になれるぞジュビア。安心して俺の所へ来い」
「グ、グレイ様との子供?!!」

自分の胸に手を当てて、自信ありげな熱視線を送るリオンの横で、彼のセリフから“グレイ”と“父親”と“子供”だけを抜き出したジュビアは、一人で頭に浮かんだ未来妄想図に身悶えていた。

「まーた訳の分かんねえ事を言いやがって」

グレイが呆れて肩を竦めると、リオンは顔色を変えた。

「分からないか?子供が居ても、ジュビアの心に誰が居たとしても、それでも俺はジュビアが欲しいと言ってるんだ」

人は恋をすると変わると良く言うが、目の前の兄弟子はその最たる者のように思える。
あの、堅物のくせにどことなく常人とは違うずれた感覚を持った男が、ここまで一人の女に執着し、人目をはばからず愛を囁くとは。
いや、元々思い込んだら周りが見えなくなる性格だったからこそ、初めて心から好きだと思った女に対して、ここまで一途になれるのかもしれない。
それにしても、この変わりようは長年一緒に暮らしていた者からすると、複雑な心境…つまり受け入れがたい。

リオンはジュビアの手を取ると、真剣な眼差しを送った。

「あっ、の、ジュビアにはグレイ様が…っ」
「子供の前でやることか!考えろ!」

リオンの変貌ぶりに鳥肌を立てている場合では無いと我に返ったグレイは、強引に取られた手を唇の前に置かれてうろたえるジュビアからリオンの手を剥がし、アスカを抱かせた。
これでリオンも、おいそれとジュビアに触れたりしないだろう。
純粋な子供を利用しているようで良心が痛むが、ジュビアもアスカも嫌がっていないし、構わないだろう。

「ところで、どこかへ行くところだったんじゃないのか?」
「えーと。特に決めてはいなかったんですが。あ、でも、アスカちゃんが海へ行きたがってまして。ただ、さすがにご両親の許可を取ってからじゃないとマズイですし、どうしようかと迷っているところで…」

ジュビアの話に、なるほどと頷いたリオンは、「それならば、海とは少し違うが水族園などどうだ?そこなら子供が安全に遊べる水場もある」と、提案した。

「いいですね!アシカやイルカのショーなんかでしたら、小さい子供も楽しめますね!」
「アスカちゃん、イルカは好きかな?」
「大好き!」
「では汽車に乗って、会いに行こうか」

いつの間にかアスカを肩に乗せ、若い父親の様に場に馴染んでいるリオンは、アスカを支えながらもう片方の手でジュビアの肩をエスコートすると、グレイをその場に残したまま、水族園行きの列車が来る反対側のホームへとすたすた行ってしまった。
仲の良い三人家族にしか見えないそれを、「オイ!」と後ろから呼び止める。
何か?とい言いたげに振り返ったリオンに、グレイは軽く殺意が湧いた。

「なんでお前まで一緒に行く事になってるんだよ。仕事終わったばっかだろ。報告に行けよ」
「報告なら、既に現地に居る間に通信用ラクリマで済ませてある。この後特に予定もないし、ジュビアが居るなら俺も行く。嫌なら貴様はついて来なくていいぞ。いやむしろ邪魔だ、ついて来るな」
「お前なんかにうちのギルドのモンを任せられっかよ」

グレイは、距離を詰めてリオンに凄んだ。
そこへ目をまん丸にしたアスカが、ずずいとリオンの肩から体を乗り出して、二人の間に顔を覗かせると、キラキラの笑顔で訊ねた。

「キスするの?ママ達みたいね!」
「断じて違う!」
「違ぇ!」

無邪気な子供の勘違いに、二人は顔を青くしながら力いっぱい否定した。

「なぜこんな奴と…」
「見ろ、この鳥肌を!!気色悪ぃ」
「やっぱりお二人はそういう仲で…」
「「違う!!」」

吐き気を訴えながら口元を押さえるリオンと、鳥肌が立ち、嫌悪から体中を掻きむしるグレイを見てもなお、男色妄想を飛躍させるジュビアに、もう一度二人できっぱりと否定する。
三人が各々反応を見せる中で、アスカは子供ながらのマイペースさで、頭の中は水族園の話にシフトチェンジしていた。

「ねえ、イルカさんと一緒に泳いでもいい?」
「いいですよ。ジュビアが魔法のお水でイルカさんを作って、プールに浮かべてあげますね。動くかどうかはちょっと分かりませんが」
「それなら、動の造形魔導士である俺に任せろ。お兄さんが氷で大きなイルカを作って、動かしてあげよう。背中にも乗れる大きい奴だ」

それを聞いたグレイが、「それじゃ、イルカじゃなくてクジラだな」と呟く。

「まあ、大きいか小さいかだけで、クジラもイルカも生物学上は同じものだからな」
「そうだったんですか!」
「一緒なの?!」

リオンはアスカを肩から降ろして、ジュビアの横に立たせると、氷で掌サイズのイルカとクジラを作って「ほら、同じだろう?」と二人に見せてやった。

「じゃあ人魚はー?」
「人魚か…俺の右隣を見てごらん。彼女が――」
「ちゃんと教えてやれよな。ちゃんと」

真面目に自分の見解を語り始めたリオンに、ウンザリ顔のグレイが釘を刺す。
少しまともな話をしていたかと思えば、すぐにこれだ。

「そういや腹減ったな」
「昼食は?」
「まだこれからです」
「では先に昼にするか。確か途中に無農薬野菜が売りのレストランがある筈だ」
「野菜か〜…」

気分じゃねえな、と気乗りしない様子のグレイを、だめですよ、とジュビアが窘める。

「なんでも食べないと、大きくなれないですよ、グレイ様」
「アスカはお野菜食べられるよ!」
「うむ、いい子だ。立派な魔導士の仲間入りだな」

アスカが振りまく天真爛漫な明るさが潤滑油となって、険悪さも気まずさも普段より感じることはなかった。
コロコロと変わる会話はいつまでも止むことはなく、4人は楽しげにこの後の予定を話しながら、やがて到着した列車に乗り込んで行った。
だがここで、4人がけのボックス席に誰がどの順番で座るか、というくだらない争いが巻き起こったのはいうまでもない。


〜終〜

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