小説

□■素直になれない二人
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青空の中、気持ち良く白いシーツがはためいていた。
そこへ大きな洗濯かごを手に、山盛りの洗濯物を持ってきたジュビアが、薪用に積んである丸太に腰を下ろしていた俺に声をかけた。

「あと少しで終わりますから、もうちょっとだけ待ってて下さいね」
「別に急がなくてもいいぜ」

今日はどうせ暇だし、と返事をした俺に、ジュビアはにこりと笑みを返した。
珍しく脱がずにいる俺のシャツのポケットには、ミラちゃんから預かった買い物リストのメモ紙が入っていた。
特に金が要り用でも無かったため、仕事には行かずギルドで時間を持て余してた俺は、ミラちゃんからジュビアと一緒に買い出しに行ってくれと頼まれていた。
ジュビアはその他にも、ミラから雑用を引きうけていたらしく、俺はそのうちの一つの洗濯が終わるのを、ぼんやりと待っている所だ。
ただ待っているのも時間がもったいない気がして、買い物リストを取り出し、品物を買う店の目星を頭の中で付け始める。
バケット、パスタ、コーヒー豆、トマト缶、石鹸、その他諸々…
一人暮らしも、雑用を押し付けられてきた年数も年季が入っているので、売っている店はすぐに分かる。
目的の店をあらかたピックアップした所で、縮こまった体を伸ばそうと腕を広げて空を仰いでいると、何となく雲行きが怪しくなっている事に気が付いた。
それも、このギルドの真上だけを渦を描くように暗雲が覆っている。
さっきまであんなに晴れていたのに、おかしすぎる。
ジュビアを見れば、洗濯物干しに夢中で気が付いていないようだった。
嫌な雰囲気を感じ取った俺は、ジュビアに声をかけようと立ち上がった。

すると、激しい地鳴りと共に暗雲から光の柱が降り、俺の周囲を包み込んだ。
あっという間の出来事に声も出せないまま、視界は白くなり、辺りは光りに包まれた。


***************


「っつつ…」

一瞬気を失ってたらしい俺は、体をむくりと起き上がらせた。
一体今なんだったんだ。
まだふらふらする頭を抱えながら、ジュビアの無事を確認しようと辺りを見渡す。

「ジュビア!大丈、夫…か…?」

ジュビアの姿を探して目を見開いたそこに、あるはずの景色が無くて、俺は声を失った。
フェアリーテイルのギルドが、目の前から消えていた。
それどころか空が不思議な色をしていて、雲の変わりにふわふわと丸い球体が浮かんでいた。
生えている木も草も、くねくねとキノコの様な姿をしていて、さっきまで居たギルドのあった丘とは明らかに違う。
すぐ傍にいたジュビアも居ない。

「ジュビア!ジュビア!!くっそ…ここはどこなんだよ!」

大声を出してみても、ジュビアからの返事は無く。
がしがしと頭を掻いて考えてみるが、一体どういうことか分からなかった。
ただ、こんな状況が前にもあったような既視感を覚えた。
何かのきっかけになれば、と傍にある大木に手をついて記憶を探っていると、遠くからジュビアの声が聞こえた。

「こんなところに居た!探したわよ、グレイ!」

(ん?グレイ?)

聞きなれたジュビアの声だったけれど、言葉の端々にどこか違和感を感じ、声の主を確かめようと顔を上げた俺の目に飛び込んできたのは、キツく俺を睨みつけるジュビアだった。

「まったく。グレイ、服はどうしたのよ。どこかに落としてきたの?」
「いや、俺の服より…お前!!」

きょろきょろと周りを見渡しながら、こちらへ近づいて来るジュビアの姿に、俺は目を疑った。
水色の頭の周りに大きな巻髪を一周させた髪型。
襟が深く開いた胸元に、ヘソが見えるように短く縛り上げたシャツの裾。
膝上20センチはありそうなミニスカートと、カッと踏みならすハイヒール。
さっきまでしていたエプロンが無いとか、俺に向ける表情がいつもよりキツイとか、そういう事じゃなく、人物そのものが俺の知るジュビアと違う気がする。

まさか…。
そのまさかなのか?!
瓜二つな容姿の癖に性格や服装ががまったく違うこの人物の正体が分かり初めて、俺は酷く動揺した。
声も出せずに口をパクパクさせる俺に、「どうしたのよ」と眉をひそめたジュビアが仁王立ちで立ちふさがった。
この勝気な態度は、間違い。

「エドラスのジュビア!!」
「なに、急に。呼び捨てにしないでくれない?」

この口調、この態度は間違いなく俺の知るアースランドのジュビアじゃなかった。
マグノリアにはないへんてこな植物に、どことなく見覚えがあったのも、その筈。
どうやら俺はまた、エドラスへ来てしまったらしい。



***************



「はあ?じゃあ、あなた、アースランドのグレイってわけ?!」

目の前に現れたエドラスのジュビアに、俺がエドラスのグレイでは無い事を説明すると、ジュビアは眉をしかめて声を上げた。
半信半疑で、頭の上から足の先に視線を動かしていたジュビアは、おそらく俺のボタンを止めていないシャツに目を止めて、こめかみをピクリとさせた。

「…でもにわかには信じられないわ」
「つってもな。他にどう言えば…――ああ。そっか」

そういえばエドラスの人間は魔力が無いはずだ、と思い出した俺は、ジュビアの額に俺の手を当てた。

「冷たっ!」
「な?信じたか?」
「え、ええ」

氷の魔導士である俺の体温は、通常の人間より低く冷たい。
普通の人間で、しかも冷え症だと言っていたエドラスのグレイなら、ここまで冷え切っていたら服を着ないなんてありえないだろう。
違いを身を持って実感したエドラスのジュビアは、「なんだ」と肩を落とした。

「厚着をやめたのかと思って、少し見直したトコだったのに」

そう言って遠くを見つめるエドジュビアは、前より角が取れたような雰囲気で、同時に少し寂しそうに見えた。

「じゃあアイツは何処行ったのよ」
「アイツって、エドラスの俺の事か?」
「そうよ。何て言うか、ちょっと言い過ぎちゃって、ギルドを飛び出して行っちゃったの」

まったく世話の焼ける男、とジュビアはぼやいた。

「ところでアースランドのグレイが、なんでこんなところに居るの」
「ギルドの裏に居たら、気が付いたらここに居たんだよ」

その時の出来事を簡単に話すと、ジュビアは少し考えたあと「もしかしたら、アニマの残骸のせいかもね」と言った。

「アニマぁ?って、この間全部無くなったんじゃねえのかよ」
「それが僅かに残ってたらしくて、今王国の元討伐隊が国中を回って、アニマの処理をしてるの」
「じゃあ俺はそれに吸い込まれちまったって訳か」
「多分。だとしたら、こっちのグレイもアニマに…」

なぜだろう。
そう言って唇に手を当て、指を噛むジュビアは、やはりどこか不安げだった。

「しょうがねえ。エドラスの俺を探すのを手伝ってやるよ」
「きゅ、急に何よ!」
「アイツがアニマに吸い込まれちまったんなら、アイツが帰ってくれば俺も向こうに帰る方法が見つかるかもしれねえしな」

シャツを勢いよく脱ぎ捨て、拳をパシ、と掌で受け止め気合を入れる。
ふと隣を見れば、顔を真っ赤にしてフルフルと肩を震わすジュビアと目が合った。

「ちょっと!何脱いでるのよ!」
「あ、わりいわりい。つい」

最近は俺が服を脱ごうが裸でいようが、慣れちまったらしいアースランドのジュビアは動揺すらしない。
目の前のリアクションが普通なんだよな。
けど、自分だって露出の高い服を着てるし、エドラスのグレイに「薄着しろ」って言ってる身で、矛盾してるぜ。
地面に落ちたシャツを拾い、袖を通す間、ジュビアはこちらを向くことは無かった。
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